いま穏やかな住宅街の一画、半径1km圏内ほどのエリアに、ここ数年、カフェやシェアハウス、交流スペースができ、人知れず「753village(ななごーさんビレッジ)」と呼ばれている。
人が人を呼び、そのまちに根付いていく。なぜいま、中山でそんな動きが起きているのだろう? いったいどんな人たちによる、どんな取り組みなのか? 移住して10年の関口春江さんにお話を伺ってきた。
屋根の上に草が生える建物。ここはいったい……?
JR横浜線と、横浜市営地下鉄グリーンライン(4号線)が乗り入れる中山駅から歩いて5分。駅の南を走る県道109号からさらに南に入ると、753villageの入口付近にあたる。曲がり角には『753通信』と書かれたイラストの地図が貼ってあった。いくつもの面白そうなスポットが記されている。
発酵をテーマにした古民家カフェ「菌カフェ753」。農園付き一戸建賃貸「なごみヒルズ」、もう20年以上続く多目的レンタルスペース「なごみ邸」、教室を開催できる「楽し舎(たのしや)」、販売拠点や実店舗を持たない人向けのチャレンジスペース「季楽荘」、絵画や写真、工芸などの展示スペース「Gallery N.」……
さらに歩を進めると、不思議な建物が目に入る。屋根の上に草が生えていて、面のガラス戸には大きな白い暖簾が揺れている。
これが最近オープンした「Co-coya」。シェアオフィスと貸アトリエと賃貸住宅の機能がぎゅっと入った建物で、染色や絵画などの作家の工房や、いざという時の地域住民のための避難所も兼ねている。
753villageは、この辺りの大家さんがチームの一員になり、空き家を活かしたカフェやシェアハウス、レンタルスペースを展開しているという。ほかの地域から訪れたシェフや、建築家、自主保育(※)の運営者などが「面白そう」と集まり、自発的にカフェを開いたり、マルシェを催したり。Co-coyaを運営する建築家の関口春江さんもその一人だ。
関口さんの話からは、関わる人たちがほどよい距離感で交流しながら、中山での暮らしを楽しむ様子が伝わってきた。
※自主保育/就学前の子どもたちを保育園や幼稚園に預けるのではなく、保護者同士が協力して子育てをしていく取り組み
古民家カフェに始まり、マルシェの開催へ
関口さんはCo-coyaの管理人であり、菌カフェの発起人の一人でもある。援農(※)をきっかけに中山の隣のまちに通うようになった。そこで出会った仲間とカフェを始めたのが中山地区との最初の関わりだ。
「菌カフェ」は、753villageの起点となった場所。たった一歩、店に足を踏み入れただけで、長年大切にされてきた場所だとわかった。
※援農/無償または最低賃金以下の謝礼や農産物を対価として、農家の農作業を住民らが手伝うもの
「もともとここは大家さんがカフェギャラリーをやっていた場所で、私たちが訪れた時は空き家になっていました。隣に住んでいたのが、当時一緒に援農していたシェフの辻さん。あまりに素敵な場所だったので、仲間うちで何かしたいねという話になったものの、みな本業があるし、毎月定額の家賃を払うのは厳しい。そこで大家さんと一緒に運営する形で、スモールスタートさせてほしいとお願いしたんです」
はじめは木金土の週3日だけ営業。まずはお店のことを知ってもらわなければと、店でマルシェを開催することになった。月に1回、手づくり小物の作家や、パン屋さんなどの出店があり、輪が広がりお客さんが増えていった。
大家さん次第で、まちはこれほど変わる
関口さんの話にたびたび登場するのが、753villageのほとんどの建物を所有する大家の齋藤好貴さんだ。初めて会った時、齋藤さんは関口さんたちにこんな話をしたのだそうだ。
「『50年後、100年後に、この中山をもっと魅力的にしたい。そのために土地を切り売りするんじゃなくて、まちの歴史や培ってきた空気感を残しながら利活用する方法がないか、ずっと考えている』んですって。そんな地主さん、私は会ったことないなと思いました」
齋藤さんは、鎌倉時代からここに暮らす地主の末裔で、昔から中山近辺の多くの土地を所有してきた。中山には、和風の家も洋風の家もあるが、比較的立派な家が多い。おのずと庭や街並みも落ち着いた、風格のあるものになった。
都市部では、家が空くとすぐに更地にして駐車場にしたり、マンションが建ったりする。だが齋藤さんは、空いた家の何軒かを積極的にギャラリーや、教室など、皆が使える場所にしてきた。
そのはじまりが、25年前に始まった、「なごみ邸」だ。大きな日本家屋を、サロンのような形で貸し出し、誰でも使える多目的スペースにした。
「当時から空き家は増えていくと言われていて。いくら都心に近くても、横浜であっても、空き家がどんどん使われなくなるのが予測できました。
じゃあ何ができるだろうと考えた時に、このまちに魅力を感じてもらえるような仕掛けをつくろうと。そうすれば自然と人が集まり、結果的に地主や家主も潤うんじゃないかと思ったんです」
齋藤さんのいうまちの魅力とは、交通の利便性や買い物のしやすさではない。
大事にしたかったのは人と人の縁。
「空いた建物や庭を生かして、この土地の雰囲気を味わって楽しく過ごしてもらう。それが人から人に伝わって、まちの評判につながればいい」と考えたのだ。
そして10年ほど前に現れたのが関口さんたちだった。関口さん自身も建築家で、新築を建てるのが仕事。楽しい仕事だけれど、空き家が増える中で新たに建て続ける矛盾も感じていた。ハコをつくるより、活用し続けるほうが大事なんじゃないかと考えるようになっていた。
齋藤さんは関口さんたちのカフェの提案を受け入れる。その後、マルシェが始まり、展示スペースなど展開も広がり。
関口さんたちは齋藤さんの「なごみ邸」の名をもじって、このエリアを「753village」と名付ける。
大家さん次第でまちはこれほど変わるのだと、気付いた。
「Co-coya」をまちの案内所に
2021年にはクラウドファンディングと横浜市の助成を得て、職住一体型の地域ステーション「Co-coya」がオープンする。
コロナの影響で753villageの活動がすべてストップした時に、この構想が生まれた。
「今のうちに次に向けての準備をしようと思ったんです。拠点が増えたので、わかりやすく案内するまちの入口、案内所をつくろうと。私たちのしてきた活動が、古くからの住民にもわかりやすいように見える化しようと考えました。子育て世代や世代間の交流を促す場所にもなったらいいなと思ったんです」(関口さん)
Co-coyaの建物へ入ると、まず天井の高い広い土間と大きな机の置かれたコワーキングスペースがある。向かって左には、防災の観点から電気やガスが止まっても薪で沸かせるお風呂があり、その奥はパンの焼ける工房。さらに扉の向こうには井戸があり、何かあった際の水の供給ができるようになっている。
「ここの構想を話して共感してくれたパティシエの子や、今2階に住んでいる画家、陶芸家さんとはマルシェを通じて知り合いました。共感型投資といいますか。彼女たちが間借りしてくれたおかげで、一緒にこの場所をつくってきたような関係なんです」
初めて訪れる人にも安心して立ち寄ってもらえるよう、通りに面した入口は上から下までガラス張りに。関口さん自身も、普段はここで仕事をしている。
福祉の拠点「レモンの庭」
菌カフェのすぐそばには、「レモンの庭」と名付けられた、多世代交流施設もある。これも齋藤さんが新しく建てた賃貸の家を、一般社団法人フラットガーデンが借りて、開催しているものだ。横浜市の介護予防生活支援サービス補助事業でもある。
フラットガーデンの阿久津さんが、教えてくれる。
「ここは月曜と水曜から土曜日の10時から15時まで開いていて。ほかにも編み物を楽しむ『ニットカフェ』や、餃子づくりやパンづくりを教わる『レモンの学校』、初心者歓迎で子どもからお年寄りまでともに楽しむ健康麻雀『麻雀 はじめの一歩』など、いろんなプログラムがあって参加費は500円。
女性はおしゃべり好きも多いので、こうして集まってわいわいやるんですが、男性は話すのが苦手な方も多いので、2階で健康麻雀もやっています。終わってから下でお茶飲んだりするうちに次第に打ち解けるんですよね」
2階へ上がってみると、麻雀には若い人や女性の参加者もいてみんな楽しそうだ。
「多世代交流」とひと口に言うのは簡単だが、一人暮らしのお年寄りや、家族以外の誰かと時を過ごしたい、心を通わせたい人たちにとって、ここは想像以上に大切な場所なのかもしれない。
時間をかけてできたこと
そんな風に少しずつ、外の人と地元住民がつながり、縁が紡がれていく。大きくは「コミュニティが広がっている」と言えるのだろうが、個人から見ると、友達や知り合いが増えて、近所に話相手が増えることになるのだろう。
何気ないことのようで、人が生来求めている、そして都市部の多くでは失われた切実な願いを叶えてくれているのかもしれない。最後に、関口さんは大切なことを教えてくれた。
「ここまでくるには年月がかかっているんです。私たちも、移住してもう10年になりますし、齋藤さんとも、毎月お家賃を手渡ししながら少しずつ関係性を築いてきたので。その間こちらも人間性を見られていたと思うし、私たちも齋藤さんのことを少しずつ理解して。周囲の人たちとも同じように。10年かけて今の関係性があります」
土地をもつ大家さんと、外から入ったクリエイティブな人たちが出会って新しい動きが生まれる。そこでいい関係性が育てば、地元に根付き、変わらないまちの魅力になっていくのかもしれない。これから10年後の753villageがどうなるのか、楽しみだなと思った。