現金で払える予算で自分たちの終の棲家を探す
中原夫妻は私と同じで60歳。妻は私がコピーライターとして新人だった時代の少し先輩だ。お互い還暦を迎え、そろそろリタイア後の生活に真剣に取り組む必要がある。「まだまだ元気で仕事も現役だが、ほんとうに体力がなくなる前に自分たちの終の棲家は確保しておきたい」と家探しを始めたのは2015年だった。
そんな2人が手に入れたのは、千葉県千葉市の土気駅から歩ける場所にある築35年超の一戸建てだ。
「町田で賃貸住宅に住んでいましたが、そろそろ自分たちの老後を考えたときに、いつまでも家賃を払い続けるのも不安で、この際家を買おうということに。これからのことを考えたら、自分たちが用意できる現金の範囲で探そうということになりました」と夫。
予算は最大800万円まで。最初は東京より西側の神奈川で探していたが、坂の上で階段がある物件が多い。予算内だと再建築不可(※)といった物件もあった。夫妻ともに海の近くで育っているので、山よりも海の近くが暮らしやすい。そのため今度は千葉県にも足を延ばして探すことにした。
※建て替えや増改築ができない状態。市街化調整区域の土地、建築基準法の接道義務に違反している(4m以上の道路に間口2m以上接していない)土地、あるいは法律の施行以前に建てられた「既存不適格建築物」などが該当する。
「古い団地も見に行きましたが、階段の上り下りがいずれたいへんになりそうで……。やはり庭仕事が好きな私たちには一戸建てが向いていると考えはじめました」と妻。そこで出会ったのが今の住まいだった。予算内に収まる価格と駅からのアプローチがフラットだったのもポイントだった。
「中古の一戸建てを自分たちの手で直しながら住むのもいいかと。古いけれど角地に建っていて開放感があるのと庭があるのも気に入りました」と妻。「供給公社がしっかり建てた物件で、床下も屋根裏も見てみましたがきれいなものでした。途中で白アリ防除もしたということで購入を決めました」と夫。
購入後に雨漏りを発見、修理をしてくれた大工さんと仲良くなる
2人はまず手描きで図面を起こし、1階部分の和室を洋室に変え、リビングと棚でつなげるようなプランを考えた。当初は1階リビングを完成させて引越したら、住みながら手を入れていく予定だった。
ところが契約時に決めていた瑕疵担保責任の期間ぎりぎりの時期に、2階のベランダのジョイント部分から雨が入り込み、柱が1本腐っていたのを発見することになった。交渉した結果、売主が地元の大工さんに工事を頼んで修復してくれることになった。この修復工事が終わらないと、自分たちの工事もできない。
「この大工さんがいい人で、親しくなって、ついでにあれこれと見てくれました。その時、動かしていい柱を教えてもらったので、後の仕事がスムースになりました」。災い転じて福となすとは、まさにこのことだ。
しかも修復工事で壁を開けてみたら、やはり古い戸建てだけに断熱が完璧ではないことに気付いてしまった。夫はがぜん断熱にこだわりはじめ、床下や天井にも断熱材を張り巡らせることになった。
「モノと一緒にやさしさもいただく」。お金をかけずに材料を入手
リノベーションに必要な材料も実は費用がほとんどかかっていない。妻の口癖である「宝くじ以外は何でも引き寄せる法則」が随所で役に立った。
「ある日、いつもと違う道を歩いていたら、リフォーム会社のお持ち帰りボックスに壁紙がドーンと置いてあるのを発見。さっそく貰って帰りました」。さらに壁紙は友人からも貰うことができた。
またリビングのフローリングを無垢板にしたかったけれど、高いのでどうしようかと考えていたら、材木屋が廃棄しようとしていた板を少しずつ分けてもらうことができた。「無垢のフローリング材は、それぞれ規格が違い、サネと呼ばれるジョイント部の高さが違うのでカンナ掛けの加工が必要でした。1本ずつ夫が削って合わせて貼りました。でも色合わせが楽しかったです」
「玄関、廊下、1階の和室の竹のフローリングは、ホームセンターで見切り品になっていたのを買い占めました。お店でちゃんとお金を出して買ったレアケースです」と妻。
「某所では昭和20年代の室内ドアと、アメリカンクレイという壁塗り用の土を手に入れました。次はタイルが必要と言っていたら廃業するタイル屋さんとつながりました」とさらに妻の才能は開花する。
驚いたのはジモティの使いこなし術だ。「バスタブも展示品だけど新品を3000円でゲット。さらにレンジフードも新しいのを買っちゃおうかなと考えはじめていたところ、施工業者から新品未使用のものを7000円で手に入れました」。メインの写真で二人がくつろいでいる赤いソファ は4000円。ワイン箱の出物を6個1000円で手に入れ、奥行きを詰めて底と側面の板にフェルトを貼り棚の引き出しに利用したそうだ。手間をかけることをいとわなければ、こだわりのあるインテリアはお金をかけずにそろえることができるという好例だろう。
リビングと洋室の間のパーテーションにした棚は、イケアのものを2個はタダで、1個は1000円ほどでもらい受け、表面にサンダーをかけ荒らしてペイントし、3個1で組み込んだ。
「現場での解体が大変そうだと思っていましたが、受け取先の場所に伺うと、先に解体しておいてくれたうえに、組み立てるために便利なように完璧な合番まで振ってくれていました。ジモティでは庭の植栽も含めて10数件ほどやりとりをしましたがどの方も気持ちのいい方ばかり。モノだけではなくやさしさも一緒にもらいました」と妻。
夫が棟梁、妻はディレクター、それぞれが得意分野を活かす
夫は電気工事士の資格を持っているうえ、とにかく手先が器用だ。細かいところまでこだわり、なんでもつくってしまう。妻は以前グラフィックデザインの仕事をしていただけに、色やデザインにこだわりがある。妻が大まかなプランやデザインを考えるディレクターのような役割だ。夫がそれを実現していく。
例えばリビングの仕上げは壁紙を貼るのではなく、壁のボードをはがした上で構造材を張り直し、構造材にペイントした。「ペンキなどでテストしてみたら、プライマーと呼ばれる下塗り塗料をスポンジで載せていったものが、味わいがありしっくりきたのでそれをいかすことに」と妻。このほか、廊下からのリビングの入り口の壁には、お手製の猫ドアや古い建具を扱っている道具屋で見つけ出した昭和のガラスが入った飾り窓をはめ込むなど、次々にアイデアをかたちにしていったという。
キッチンとリビングの間の棚は、妻がデザインして夫がきっちりカタチにしていく。配線も壁や天井を造作する前に、ベストポジションにスイッチやコンセントをつくりたいという要望に、夫が天井に顔を突っ込んだり、 床に這いつくばったりして、コード類を裏から通して大健闘した。
「完成はいつごろの予定?」と聞いたら、「たぶん一生どこかを直し続けそう」との答えが返ってきた。このリノベーションの過程で、妻はもちろん私たちまで、中原氏を「棟梁」と呼んでしまうようになった。物件購入後2年をかけて、毎週末に町田から千葉市までリノベーションに通うというハードな日々を過ごした棟梁からは「リタイア後の住処は、なるべく体力と気力のある早いうちからアクションを起こすことをおすすめします。時間をかけてでも、その工程を楽しんでリノベーションに挑戦してください」と、アドバイスがあった。
実は中原夫妻は再婚同士だ。私がはじめて棟梁を紹介されたのは、1年ほど前に2階の和室の壁塗りを手伝いに来た時だ。年齢を経て知り合うカップルの理想的な姿のような気がした。自分たちならではの住まいをつくる過程で、あうんの呼吸がさらにぴったり合ってきている気がする。これからも少しずつ自分たちの生活に合わせて、住まいをバージョンアップしていくはずだ。理想的な年齢の重ね方ではないだろうか。
今は庭にウッドデッキを作成中だそうだ。完成するころには、またお邪魔してデッキでビールを飲ませてもらいたい。
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