都市化や気候変動によるゲリラ豪雨で、都市型洪水が増えている
近年、気候変動に伴う異常気象が引き起こす大型台風やヒートアイランド現象等の自然現象が深刻になり、ゲリラ豪雨も問題になっています。処理できない水があふれ、マンホールを吹き飛ばすニュースの映像が印象に残っている人も多いのではないでしょうか。都市型洪水を減災する取り組みのひとつが雨庭(あめにわ)です。地上に降った雨をそのまま下水道に流れないよう受け止め、ゆっくり浸透を図る仕組みを持たせた植栽空間を指します。
九州大学大学院 環境社会部門流域システム工学研究室の田浦扶充子さんに、雨庭の成り立ちを伺いました。
「地面がアスファルトで舗装された都市では、雨水は地面に浸透せずに、雨水管や水路を経由して河川に放流されます。一時的な豪雨で、雨水が流入するスピードが、河川へ排水されるスピードを上回ると、雨水管が満管になり、水路や排水溝から水があふれる都市型洪水が起こります。都市化が進んだことによって、雨が浸透できる緑地や田畑などが減ったため、雨水管へ流れ込む雨の量が増えていることが主な原因といわれています。早くから下水道を整備した都心部などでは、雨水と家庭からの汚水を1本の下水管で流す合流式下水道という方式をとっている地域もあります。そのような地域では、豪雨の際にすべての下水(汚水と雨水)を下水処理場で処理できなくなり、河川へ未処理状態の下水が流れ出ることもあり、それによる河川水質への影響も懸念されています」
つまり、マンホールを吹き飛ばしたのは、下水道管からあふれた下水。都市型洪水を防ぐためには、雨天時に雨水管に入る雨の量を減らす必要があります。敷地内に水が浸透できる場所を増やし、降った雨水を敷地内で処理する必要があるのです。
アイデアがいっぱい! 個人宅につくった「あめにわ憩いセンター」
島谷幸宏教授(現熊本県立大学所属)が中心となり、2016年に福岡の河川工学等の研究者らや建築士などによるあまみず社会研究会を立ち上げ、流域抑制技術の研究を行ってきました。島谷教授が提唱したのは、「あまみず社会」という雨水を色々な場所で浸透させたり、利用することで、有機的に成り立つ社会。一般の人に雨水浸透や利用について興味を持ってほしいとの思いから、造園や建築の専門家と協力し、住宅の敷地内の雨水を処理するための技術開発を行ってきました。そのひとつが雨庭です。雨庭で雨水を敷地内に貯留し、ゆっくりと地面に浸透したり蒸発させたりすることで水害を予防しながら、水が循環する社会に。ヒートアイランド現象の緩和にもつながります。
もともと日本では、ずっと昔から、雨庭のような機能を意識した庭園が造られており、敷地の中で上手に雨水を貯め、植物や生物の生育環境、生活用水としても活かしてきました。アメリカでグリーンインフラ整備が進むにつれ、2010年ころには、レインガーデンが、ニューヨーク市内の歩道につくられはじめました。日本庭園の枯山水やレインガーデンを参考に、島谷教授と志を共にする京都大学の森本幸裕名誉教授により、このような仕組みを近代都市の中に取り入れようと誕生したのが、日本の雨庭です。
築50年の民家の敷地内に設けたあめにわ憩いセンターの雨庭は、一見、普通の庭と変わりません。しかし、かなりの豪雨「対象降雨(※)」の場合に敷地全体に発生する雨水の量に対して敷地外への流出を80%も抑制できるというから驚きです。
※2009年7月九州北部豪雨時に観測された、総降雨量198mm・約6時間(最大時間雨量105mm/h)の雨量。
「雨庭づくりでは、雨が地面に浸み込む力が弱ければ、必要であれば、砂や腐葉土を土に混ぜて浸透速度を調整します。あめにわ憩いセンターは、もともと庭に植物が多く、雨が浸みこみやすい土でした。そこで、従来、屋根から縦樋を通って雨水桝(ます)、それから公共雨水菅へつながっていた連結を途中で切り、敷地内で雨水を貯水、利用し、また土に浸透させて、できるだけ敷地外へ雨水を流出させないようにしました」(田浦さん)
屋根から水がめに貯留した雨水を沸かして足湯ができるユニークな工夫も。2020年まで一般開放され、地域の人に親しまれていました。
全国に広がる雨庭。民間企業や自治体で取り組みが進む
グリーンインフラへの関心が高まるなか、鹿島建設では、一部の建物に雨水利用システムで蓄えた雨水をトイレの洗浄水に用いるほか、災害時の非常用水として利用するシステムを開発。地面には、雨が浸み込む透水性舗装を取り入れ、都市型洪水の防止に取り組んでいます。竹中工務店は、一部のマンションに、屋上雨水を地下ピットに一次貯留し、ろ過処理した後に植栽散水やトイレの洗浄水として利用するシステムを採用。緑化した屋上に畜雨できる三井住友海上駿河台ビル(東京都千代田区)は、雨水活用の先駆けとして話題になりました。
全国の自治体でも、グリーンインフラ整備が進められ、雨庭をまちづくりに取り入れる動きが出ています。
世田谷区役所に取り組みを伺いました。
「世田谷区(東京都)では、かねてより豪雨対策の一環として、河川や下水道などに雨水が流れ込む負担を軽くする流域対策を推進しています。グリーンインフラについては、社会的な関心が高まる前から、流域対策の強化の新たな視点として、持続的で魅力あるまちづくりのために取り入れてきました」(世田谷区役所土木部豪雨対策・下水道整備課)
グリーンインフラの考え方を取り入れた施設である「世田谷区立保健医療福祉総合プラザ(うめとぴあ)」のほか、公園や道路などさまざまな公共施設で、グリーンインフラの考え方を取り入れた流域治水の取り組みがなされているとのことです。また公共施設だけでなく、区内の土地利用の約7割を占める民有地での取り組みを推進するため、民間施設を建築する際に、貯留、浸透施設の設置をお願いしているそうです。
また、京都府京都市でも雨庭の整備が進められています。京都市情報館建設局みどり政策推進室に伺いました。
「グリーンインフラの考え方を取り入れながら、市民の方々が身近に接することのできる歩道の植樹帯において、京都の伝統文化のひとつである庭園文化とともに触れていただけるものとして、雨庭の整備を進めています」(京都市情報館建設局みどり政策推進室)
2017年度に京都市として初めての雨庭を四条堀川交差点南東角に整備し、2021年度末までに合計8カ所の雨庭が完成しました。2022年度は、2カ所の雨庭を整備する予定です。
講習会で雨庭を体験。「自分でつくってみたい!」という声も
あまみず社会研究会や東京都世田谷区、京都市のそれぞれが、一般の市民へ雨庭普及のための講習会やワークショップなどを行っています。
あまみず社会研究会の代表でもある島谷教授が熊本県立大学に就任し、プロジェクトリーダーを務める流域治水を核とした復興を起点とする持続社会 地域共創拠点を創設しました。雨庭の認知拡大に取り組んでいる研究員の所谷茜さんは、「体感してもらうことが大切」と言います。
「高校でワークショップをしたとき、『思ったより、水が土に浸透するスピードは速いんだ!』と驚きの声が生徒からあがりました。実感していただき、雨庭への理解を深めてもらいたいですね」(所谷さん)
世田谷では、“環境共生・地域共生のまちの実現”を目指し、市民主体による良好な環境の形成及び参加・連携・協働のまちづくりを推進する(一財)世田谷トラストまちづくりによって、個人宅でもできる雨庭づくりの普及を進めています。2020年に、NPO法人雨水まちづくりサポートの協力を得ながら、区内の産官民学連携で、区立次大夫堀公園内里山農園前に雨庭を手づくり施工。この取り組みをきっかけに、住宅都市世田谷で市民の小さな実践をつなげて人口92万人が取り組むグリーンインフラとして「自分でもできる雨庭づくり」の3つの視点(1. 個人宅でも実践しやすい 2. 目に見える楽しさや魅力がある 3. 生物多様性の向上につながる)を整理しました。
世田谷トラストまちづくりでは、2021年度より「世田谷グリーンインフラ学校~自分でもできる雨庭づくり」の企画運営を区より委託を受け実施。グリーンインフラや雨庭等を体系的に学び、演習フィールドにおいて手づくりで施工する市民向けの講座です。定員15名のところ、区内外から60名もの応募がありました。「水の循環を知りたい」「暮らし、地域に取り入れたい」「ガーデニングに取り入れたい」との声が寄せられたそうです。グリーンインフラの取り組みをはじめて3年目になり、「雨庭をつくりたい。どうしたらいいか」と区民からの問合せも増えています。
京都市でも、市民から緑を増やしたい場所として多くの声が寄せられている道路に雨庭の整備を進め、管理に参加してもらうボランティアを募集するなど雨庭の普及に努めています。
都市での暮らしでは、ふだん、水の流れは見えず、洪水が起こってから「水は怖い」と感じてしまいます。「昔は、雨が土に浸みこんで地下水となり、または蒸発して再び雨になるという実感がありました。雨水を楽しく使いながら水の循環を知ってもらいたいです」と田浦さん。身近に広がる雨庭は、グリーンインフラを整えるだけでなく、緑や水場のある景観を生み出し、心の豊かさにもつながりそうです。