額面収入に対して貯蓄10%・家賃3割を推奨
――率直に伺いますが、「家賃は月収の3割」という指標は、新社会人の初任給にも当てはまるのでしょうか?
藤川さん 子どもがいない世帯なら、額面収入に対して住居費は3割を目安と考えて問題ないでしょう。これは新社会人であっても変わりません。そもそも額面収入の約2割は社会保険料や税金で引かれるので、手取り収入は8割ほど。さらに新社会人に対しては、収入の1割の貯蓄を目標として勧めています。光熱費や食費だけでも大きな支出となるので、生活費は4割を確保したいと考えると、必然的に住居費は3割となります。
――厚生労働省の「平成28年賃金構造基本統計調査結果(初任給)の概況」によると大学卒業者の平均初任給は20万3400円、住居費(家賃に管理費などを加えた固定費)3割で約6万円、生活費4割で8万円。東京で暮らそうと思うと、どちらも心もとない気がします。
藤川さん 仮に額面収入を20万円として、住居費に3割の6万円、さらに1割の2万円を貯蓄しようと思うと、生活費は8万円。決して楽ではないですよね。ということは住居費を4割にしたら、当然もっと苦しくなります。流石に6万円で「やれ水道・光熱費だ、食費だ、お小遣いだ」というと立ち行かなくなりますから、結局は貯金ができなくなるんです。
――セキュリティや通勤の利便性を考慮すると家賃は高くなりがちです。食費や光熱費を節約して住居費の予算を増やすより、住居費を抑えることを優先すべきでしょうか?
藤川さん 生活費を削れればいいですが、削れなかった場合、先に述べたように貯蓄がなくなります。物を持たないとか、食事を食パン1枚で済ませるとか、飲みにも外食にも行かないという人も世の中にはいますが、それで体を壊しては元も子もないじゃないですか。
私も若いころお金を貯めようと思って、月の食費を1万円に抑えた経験があります、1食100円程度しか使えないので、ほぼ毎日ペペロンチーノでしたね。給料の約半分を貯金できたのでお金は貯まりましたが、さすがに苦しかったですよ。今は安くて美味しい冷凍食品も多くて、あのころより食費の節約はしやすいものの、家賃のために生活を無理やり切り詰めるというのはおすすめできないですね。
――やはり貯金は必要ですか?
藤川さん 貯金は心に余裕を生むための、一種の防波堤なんです。例えば会社で嫌なことがあっても、貯金があれば、いざとなれば辞めてしまっても暫く食べていけると思えるかもしれないですよね。しかしお金がないなら稼ぐしかないので、お酒に逃げたり、無理を押して仕事を続けたりせざるを得なくなります。そうなるとだんだんプレッシャーに押し潰されていき、心身を病んでしまうというケースは少なくありません。
若い人たちがこれからリスクを取って、さまざまなチャレンジをしていくうえで、貯蓄というのは原資になるわけです。今の稼ぎというのはずっと保障されているものではなく、病気になったり、職を失えば収入がなくなるかもしれない。そんな不透明な将来に対する不安を払拭しようと思うならば、何かあってもチャレンジできるようにお金を貯めておくことは考えなければいけないと思いますね。
質素な暮らしも後の糧になる?
――貯金を考えるうえで、生活費ではなく住居費を抑えることをすすめられているように思うのですが、家計の見直しをされるなかでも、住居費というのは削りやすい項目なのでしょうか?
藤川さん そうではなく、単純に住居費が一番大きい支出額となるからです。住居費というのは家計の中の固定費になるので、最初に高い家賃で契約してしまうと、その後ずっと高額な家賃の支払いが続いてしまうんです。住居費を下げるには家賃の安い家に住み替えるしかありませんが、お金がなければ引越しもできませんよね。
あと気を付けなければいけないのは、特に新社会人の方が住居を選ぶときに、最初に素敵な部屋を選んでしまうと、その部屋よりも質素な家に住むということに抵抗が出てきてしまうんです。なので一度でいいから、せめて最初くらいは質素なところに住むという経験をしておいたほうが良いと思いますね。
――大卒者の平均初任給に照らし合わせて都内で管理費込みの家賃6万円で部屋を探すと、都心やターミナル駅からは離れたエリアや、古いアパートの狭いワンルームなどが多く見られます。多少なりとも窮屈な暮らしを強いられそうですが、「若い内は苦労を買ってでもせよ」の言葉どおり、将来の糧として苦労を買うということですね。
藤川さん 例えばある漫画家のお客さんは、売れる前は4畳半ひと間の畳部屋で暮らしていたそうです。今でこそテレビにも出演するくらい有名な方ですが、「何かあったとしたら、あのころの生活に戻ればいいんでしょ。あのころが不幸せだったと思ってないし、いつでも戻れます」とおっしゃっていたんですよ。
確かに窮屈かもしれないし、もっといい部屋に住みたいと思うかもしれないですが、それでも部屋が狭いということが、すなわち不幸ではないですし、それで生きていけないわけでもないですよね。そうやって生きてる人はたくさんいるんですから。人生何が起こるか分からないですから、一度くらい苦労を経験しておくと人間は強くなりますよ。
「神田川」という歌にあるように、昔は狭いひと間の家で暮らしはじめて、徐々に収入が増え、物が増え、家族が増えるにつれて家もステップアップしていくのが当たり前でした。ところが今は物があふれる時代ですから、初めから良い部屋でいきなり大型テレビを置いて、家電製品もそろっていてという人も多いですよね。そうなるとどこまで行けば成功か分からなくなった挙句、目標や幸福を見失いやすくなるんじゃないかなと思います。
――生活水準のハードルを下げることで、貯金と同様、将来おこりうる不測の事態に対して予防線を張っておこうということですね。これから独り立ちする新社会人が、一から生計を立てる上で失敗しないためにはどうすればいいでしょうか。
藤川さん 家計って現状をベースにすると、いくら見直してもなかなか支出は減らないんですよ。本当に建て直そうと思ったら一度すべての契約を解約して、一からつくり直す必要があるんです。私はゼロリセットと呼んでいるのですが、そういう意味では、これからひとりで生活を始める新社会人はリセットしなくてもまっさらな状態ですよね。一からきちんと予算を配分し、資金計画に沿った生活を習慣づけるチャンスなんです。
そもそもお金に苦労したり、失敗した経験があるから、お金について勉強してFPになった人も多いので、質素な生活も将来に向けた貯蓄も実感を込めて勧めています。私もその一人です。元々勤めていた会社と折り合いがつかずに仕事を辞めたのですが、いざ辞めるとなると収入がなくなるわけです。
当時すでに結婚もしていたので、これは家計を何とかしなければいかんと思っていたとき、たまたま妻が買ってきていた雑誌のテーマが家計特集だったんですよ。そこでFPという資格があることを知り、いろいろ調べていざ講座を受けたいとなったとき、20万円超の受講料が必要と言われたわけです。
ところが先述した1食100円生活をしてまで貯めたお金は結婚資金として使い果たし、それ以上の貯金もしていなかったので妻にFPの資格を取るための講座を受けたいと相談したんです。そしたら丁度受講料と同じくらいの金額を、妻が私名義で積み立ててくれていたんですよ。毎月1万円でも妻がコツコツ積み立ててくれたから今、FPとしての私があるわけです。
人生の岐路に立たされたとき、あるいは転機が訪れたとき、お金がないと選択肢を狭めてしまいます。また一度しみついた生活スタイルは、よほどのきっかけがないと変えるのが難しいものです。価値観は人それぞれ、正解もひとつではありません。その上で、これから独り立ちする新社会人の皆さんには、しっかりとしたライフプランを組み立てる訓練と割り切って、住居費3割・貯蓄1割を目標にトライすることをおすすめします。
あくまで価値観は人それぞれと前置きしたうえで、自身の経験も踏まえて「家賃は月収の3割」という指標を改めて提示してくれた藤川さん。就職を機にひとり暮らしを始める方は、「家賃3割・貯蓄1割」を参考に予算を決めて、部屋探しをしてみてはいかがでしょうか。
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