玉ネギ1000個! 1000平米の畑で始まった本気の野菜づくり
千葉みなと駅から徒歩3分の「ブラウシア」は438戸の大規模マンション。なにかと話題になるのは、現役理事と“オブザーバー”と呼ばれる元理事が協力し合った管理組合のアグレッシブな活動だ。5年前、最寄りのバス停に空港行きリムジンバスの停車を誘致したのは、大きな実績の一つ。最近では千葉市で初となる事前決済式で待ち時間なしのキッチンカーを導入するなど、マンションにメリットのあることならどしどし取れ入れる“スーパー管理組合”なのである。
そんなマンションに新たに加わった活動が農業委員会だ。
まず驚いたのはその“本気度”。活動場所はマンションから車で15分ほどの遊休地。1000平米もの土地を借り、ホウレン草、春菊、玉ネギ、ジャガイモ、ナス、トウモロコシなど四季折々の野菜を栽培しているという。育てる量も半端なく、ジャガイモは種イモで50kg分、玉ネギはなんと1000個!
活動の様子はマンションの広報誌「ブラウシアニュース」6月号の表紙を飾り、「一緒に汗を流してみませんか?」と住民への参加も呼びかけている。
「野菜を自分でつくってみたい、土に触れたいなど活動を始めた理由はいろいろですが、とにかく楽しいんです」
こう話すのはメンバーの一人でオブザーバーの加藤勲さんだ。
「農作業は重労働ですが、リモートワークの運動不足解消やストレス発散にもってこい。作業後のビールのおいしさは格別ですし、もちろん、収穫したての新鮮な野菜を味わえるのも特権です。そうやって住民同士で一緒に畑で汗を流せば打ち解けやすく、連帯感も生まれます。コミュニティの醸成にもなることから、農業委員会という形で居住者なら誰でも参加できるようにしました」
初心者ばかりのメンバーで雑草が茂る土地を野菜畑に
ブラウシアでこの農園活動が始まったのは2021年の秋。きっかけをつくったのは「小湊鐵道」の社員であり、近隣のマンションに住む佐々木洋さんだった。
「畑として使っているのは弊社が所有する土地。将来的な沿線開発を見込んで購入していたのですが、諸般の事情で開発が進まず未活用のままだったのです。点在しているその土地を私が所属していた部署で管理していたのです」
佐々木さんが日ごろから頭を痛めていたのは雑草問題だ。放置された土地には雑草が茂り、その種が周りの畑に害を及ぼすことから、度々クレームが舞い込んでいた。
「1人でコツコツと草刈りをしていましたが、手作業なので1時間で刈り取れるのは車一台分のスペースがやっと。その場所で野菜づくりを始めました。畑として使えば雑草問題が解決できますから。ただ、1人でやるのには限界があって。私はブラウシアの近くのマンションに住んでいて、管理組合の活発な活動はよく知っていました。個人的な知り合いもいたので、『一緒に農園をしませんか』と話をもちかけました」(佐々木さん)
実は、小湊鐵道とブラウシアにはちょっとした縁もあった。小湊鐵道が運営するゴルフ場「長南パブリックコース」の法人会員にブラウシア管理組合法人として登録していたのだ。住民は会員料金で利用でき、マンションのゴルフコンペを開いたこともあったという。
突如、舞い込んだ農園の話だが、さすがスーパー管理組合、その後の動きは早かった。さっそく、理事会有志が畑候補地の視察に訪れ、翌月には加藤さんと前・副理事長の光藤智さんが農園活動のメンバーに立候補。佐々木さんを交えた3人体制のスタートとなった。
「手始めは土地の整備作業。みんなで雑草を抜いて整地をし、畝を立て、植え付けしてとやっていくうちに結束も固まりました」
と加藤さんは振り返る。
農業委員会のメンバーは随時募集中で、今年4月からは光藤さんと同じく副理事長を務めていた今泉靖さんが加わって4人体制になった。
「といっても、まだ少人数なので細かいルールは設けず、何をどのくらい植えるかなどはその都度、話し合って決めています。活動日も特につくらず、それぞれが都合のつくときに行って作業をし、状況や活動結果はグループLINEで共有しています。気をつけているのは隣接する畑の耕作者とできるだけ良好な関係を維持すること。もちろん、土地の所有者である小湊鉄道さんの意向を汲むことも大前提です」(加藤さん)
聞けば、加藤さんはベランダ菜園はやっていたものの、本格的な農作業は初体験。ほかのメンバーも同様で、YouTubeで勉強したり、農作業の経験を持つ先輩たちに聞いたりしながら手探りで始めたそうだが、今ではLINEに専門用語が飛び交うほど詳しくなった。
そんな熱意もあって野菜づくりは順調に進行。収穫物はメンバーで分けても食べきれず、理事会などでお裾分けするなかで農業委員会の認知度はじわじわと広まっているそうだ。
目指すは公認サークル化。今後は農作業の体験会なども計画
農業委員会として、目下、目指してしるのは公認サークル化だ。
「農具や種の購入はメンバーの自費で賄っていますが、公認サークルになれば補助費を受け取れるので活動の幅を広げられます。今、計画しているのは植え付けや収穫などの体験会の開催。より多くの住民で畑作業を楽しむことができますよね。あるいは、採れた野菜をマンション内のイベントの景品にしたり直売をしたり。農園活動に参加できる機会を増やし、それを通じて住民同士のコミュニティをバックアップしていきたいと思っています」(加藤さん)
そんな活動の第一歩として、6月初旬には玉ネギとジャガイモの収穫体験が実施された。あくまでも試験的に催した会だが、小さな子どものいる2組の家族のほか、自治会長や元理事のオブザーバーなど総勢12人が畑に集結した。
まずは玉ネギの収穫作業からスタート。芽の部分を持って引き出すと、土のなかから丸々とした玉ネギが現れて、「楽しい!」「もっと採る!」と子どもたちはたちまち熱中し始めた。大人も「次はここを抜こうかな」「あ、こっちもあった」と口々に話しながらにぎやかに作業が進んでいく。
玉ネギをすべて掘り出したら、次はジャガイモの収穫だ。男爵イモやメークインなど4種類のジャガイモが植えられているという。
農業委員会のメンバーからレクチャーを受け、参加した子どもが茎を持って引き抜くと根のところにいくつものジャガイモが!
「抜いた周りも掘ってみて。まだまだあるよ」
との声に従い土を掘れば、ジャガイモがゴロゴロと出てきて大きな歓声が挙がった。宝探しのような楽しさに時間を忘れて収穫に励む参加者たち。子どもはもちろん、大人も童心にかえって土と戯れられるのは農園活動の魅力だろう。
こうして2時間ほどですべての収穫が完了。親子で作業した参加者に感想を訊くと、輝く笑顔でこんな答えが返ってきた。
「普段の生活で土に触れることはなかなかないので、こういう機会があれば参加してみたいと思っていたんです。子どもたちはすごく楽しそうでしたし、自分もリフレッシュできました」(Iさん)
「観光農園の収穫体験に参加したことはあるのですが、マンションで実施されていることにびっくり。作業しながら、同じマンションに住む人たちと交流をもてるのもうれしいですね。子どもの友達も誘ってまた参加したいです」(Mさん)
掘り立ての玉ネギとジャガイモはメンバーと参加者で分配したが、それでも余るほどの大豊作。筆者もお裾分けしてもらったが、つくった人たちの顔が浮かぶ新鮮な野菜はおいしさもひとしおだった。
災害時にはマンションに野菜を供出。防災面でも“頼れる農園”に
こうしてマンション内のコミュニティを育む農園活動だが、実はこの活動にはもう一つ、別の目的もある。それは防災だ。
加藤さんは5年前、管理組合下におかれた防災委員会で初年度から委員長を務め、防災活動に人一倍力を注いでいる。マンションが農園をもつことは災害時の強みになると力を込めていう。
「政令指定都市のなかで震度6以上の地震が今後30年以内に起こる確率が最も高いのが、僕らが住む千葉市と言われています。そのため防災体制の強化は管理組合の重要課題であり、防災委員会ではさまざまな施策を講じています。そのなかで話題に挙がるのは備蓄の問題。マンションとしての備蓄はスペースの点から難しく、世帯それぞれで水や食料などを確保してもらうのが大原則ではあるのですが、農園があれば多少なりとも食料の確保に役立つのではないかと。被災時には収穫物をマンションに供出しようと思っています」(加藤さん)
確かに災害で避難生活を余儀なくされたとき、畑にイモ類などの野菜があれば食料になり、炊き出しもできるだろう。育ちが早い葉物野菜なら避難生活を送りながら栽培することも可能だ。
「こうした考えに賛同して農業を一緒にしてくれる仲間が増えたら、新たに整地し、農地を広げることも考えています。そうすれば安心感はより高まるはずです。小湊鐵道さんの協力あってのことですが」(加藤さん)
もちろん、農園活動で育まれたコミュティも防災の大きな力になる。日ごろから住民同士が良好な関係を築いておけば、万が一のときにお互い助け合うことができるからだ。
特に今回、強く感じたのは畑で生まれるコミュニティの深さ。手足を土で真っ黒にしながら無心で作業をすると誰もが”素”に戻るからだろうか、人と人の心の距離がすーっと自然に近くなることを実感した。農作業を手伝い合ったり、収穫した野菜をみんなで集めて運んだりと共同作業が多いのも、交流を深めるよいきっかけになるだろう。
農園活動はどのマンションでも真似できるわけではないけれど、マンションコミュニティの新しい形が生まれていることは確かである。
ブラウシア管理組合法人