地元・全国から無償で収穫を手伝うサポーターが参加
高松空港から車で約15分、秋晴れの空の下、丘の上のオリーブ畑に到着。すると幅広い世代の男女が、一粒ずつオリーブを収穫し、腰に付けたバスケットに入れている。実はこの方たち、スタッフはほんの一部で、多くは「収穫サポーター」と呼ばれる方々。無償で手伝ってもらう代わりに、園が食事や宿を提供するというもの。地元・香川県だけでなく、県外からやってくる人も多いとか。
「互いに特別の恩恵をはかりあう“互恵”という考え方です。参加される方の理由はさまざま。オリーブという食材、オーガニックなものや農作業に興味を持つ人、この温暖な気候に惹かれた人、旅の一つの選択肢として参加した人、観光では得られない体験を求めている人など。年齢も幅広いです」(澳さん)
県外からの参加者は、通常は1日1組限定のゲストハウスとして使われている「澳邸」を宿泊施設として利用可能。男女別の相部屋で、まるで合宿所のような雰囲気だとか。「寝食を共にしつつ、農作業の中でも最も楽しい、収穫の喜びも共有してもらえたらと思っています」(澳さん)
収穫サポーターに参加した、ぞれぞれの理由とは?
撮影当日は今年初めて&2度目という方が多かったが、中にはほぼ毎年訪れている人もいるとか。
そこで、撮影当日に参加されていた方にどうして参加したのか、お話を伺ってみた。
大阪からやってきているというカップル。「もともと2人とも飲食系の仕事をしていて、収穫を自分でできるのはすごく面白いなって。いずれは自分たちのお店をやってみたいという夢もあって、国産オリーブの食材そのものにも興味がありました」
ドイツから訪れたという彼の職業はシェフ。「日本の美味しい食材について学びながら日本全国旅をしたいと思っています。まだ日本に着いたばかりで、最初がココなんです」
「WWOOF」というシステムを利用して、訪れている人も多い。これはオーガニックな農作物をつくる農家がホストとなり、お金のやりとりなしで、「食事・宿泊場所」と「力」そして「知識・経験」を交換するというもの。中には、こうした働き方をしながら全国旅をしている人も多く、他の現場で顔見知りになっている人もいるそうだ。なかには、耳が不自由ながら、みんなで筆談しながらコミュニケーションをとり「ココの楽しい雰囲気が気に入って、今回は2回目なんです」という方もいた。
生活環境、属性も違う面々が非日常を味わいに集う場所
東京、大阪、名古屋といった都市に暮らしながら、年に1回は収穫シーズンに合わせて参加している方もいる。「普段はパソコンに向かっているばかりの毎日だけれど、この環境で身体を動かしてひとつひとつ実を摘んでいく作業はすごく心地いいんです」という声も。何度か訪れているうちに、観光地を訪れるより少し深く、濃く、この場所が特別になっていくのも、この取り組みのメリットだろう。
もちろん、香川県在住の方も多い。「地元がここだけれど、普通の会社員だから、こんな場所、こんな取り組みがあるとは知らなくて。私たちが何も知らないのはどうかと思って参加してみたら、楽しくて今回が2回目の参加です」という方もいれば、「もともとは併設のカフェの客だったんです。で、収穫体験できるんだ、と一度経験したら、楽しくて。今回はお友達を誘ってみました」と地元民ならではの気軽さで参加している方もいる。
撮影当日は、以前オキオリーブを取材したことのある記者さんが、朝イチの飛行機で東京から参加していた。こうした縁が広がっていくのも面白い。住まい、環境、年齢、属性の違うさまざまな人たちが、同じ空の下、作業をして、休憩して、語らう。美しい光景だ。
最初は海外からの旅行者が中心。コロナ禍で変化が
澳さんが、こうした農業サポーターを始めたのは5年前。当初は前述の「WWOOF」で、多くの外国人を受け入れたのがスタートだ。
「最初は、正直いうと、シンプルに収穫に人手がほしかった部分もありました。しかし、ホストファミリーとして、海外の方々を受け入れているうちに、ああ、これは、労働の対価として宿や食事を提供するという単純なものではないなぁと思いました。世界中からいろんな方が来ましたよ。オックスフォードの大学生、医者の卵、建築家、弁護士。お金じゃないんですよね。暮らすように旅をする、日本の食文化を知る、人と人とが繋がる、そういう数字には換算できないものを求めて彼らは来てくれているんだと思いました」(澳さん)
しかしコロナ禍で海外からの渡航者が激減。海外のサポーターの代わりに増えたのが国内の大学生の参加だ。「コロナ禍で学校が休校になったから、と参加してくれるようになったんです。また、海外を旅することはできないから、と国内からの参加も増えましたね」(澳さん)
海外から国内へとシフトする中で、変化も。
「海外の方だと、基本的には1回限り。ココはたくさん旅をする場所のひとつにしか過ぎなかったでしょう。しかし、地元の人やリピーターが増えていくと、少し関わり方も変わってきました。自然と顔見知りは増えますし、リピーターの人が初参加の人に摘み方を教えてあげたり、居住地が近い参加者同士で後日、交流していたり、この場が継続的な、もっと濃い交流の場となっている気がします」(澳さん)
継続的に関わることで生まれる、特別な「場」という意識
そこで、5年前からほぼ毎シーズン参加しているIさんにお話を伺った。最初は娘の秋休みに合わせて親子で参加できる農作業はないか探していたところ、オキオリーブ収穫サポーターを知り、参加したという(現在、収穫サポーターは16歳以上)。
「全国、いや世界中を放浪している若い方たちがいっぱいいたんですよ。娘はお兄さんお姉さんにいっぱい遊んでもらいました。彼らは本当に自由でオープンマインド。私は普通の人生を歩んできた人間なので、ああ、そんな生き方があるんだ、と目からウロコでした」(Iさん)
また、地元の農家さん、澳さんの友人などが顔を出し、一緒にお酒を飲むこともある。そうして何の縁もなかった高松の地が「特別な地」になった。
「地名をいえば、そこで一緒に過ごした方の顔が浮かぶ。子どもにとっても私にとっても繰り返し訪れる地は特別。1回限りの観光で訪れる土地とは、やはり愛着は違います」(Iさん)
音楽やアート。この場でこそ味わえる経験をシェアしたい
ここでの関わり方は収穫などの農作業だけではない。
「大工仕事をやってもらうこともありますし、“こんなことをしてみたい”と提案されることもあります。以前、フランス人のアーティストが、農作業の合間に、壁にオリーブの木を描いてくれたこともありました。あ、こちらのカラフルな壁は地元の大学生の作品。こうした作品も、この青空の下、風を感じる丘の上、といったロケーション込みでアートになるんだなと思っています」(澳さん)
また、現在このオリーブ畑はキャンプ場、グランピングの場としても利用可能。農作物の栽培という枠組みを超えて、さまざまな人が「関わる余地のある場」となっている。
さらに、敷地内にある小屋のなかには、澳さんの友人の職人による「Sanuki Tekki」の工房があったり、知り会いのミュージシャンによるジャズライブや、地元のシェフを呼んだイベントなども開かれたりしている。
場所の力は大きい。オンラインでさまざまなことが可能になったからこそ、その場所に足を運ばなければ体験できないことは特別な意味を持つだろう。それが継続的な体験になり、まったく縁のない人に、この地が特別な所になっていく。
「ゆくゆくは、ギャラリーもつくって、音楽、アート、食、さまざまなカルチャーを媒体に、さまざまな人が交わる場所になったらと思っています。どうしても地方創生というと、移住や住んでもらおうとしがちだけれど、そうではなくて、この土地のサポーターを増やしていけたらいいですよね」(澳さん)