しかも、新大久保はもはや韓国人だけでなく、さまざまな国から人が集い、コミュニティを形成している“ごちゃ混ぜ”タウンになっている。今回は、そんな新大久保に深く潜入し、取材を続けている室橋裕和さん(45歳)に街の最新事情を教えてもらった。
新大久保駅の北口、日本語はほとんど聞こえない
室橋さんは今年5月、日本で暮らす外国人のコミュニティを取材し、彼らの暮らしに迫ったルポ、『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)を出版している。
集合は新大久保駅の北口。日本語はほとんど聞こえない。目を閉じて音だけ聞いていると、アジアのどこかの街を旅行で訪れたような気になる。
室橋さんが歩き出す。
「来年春に大久保エリアのことを書いた本を出版する予定でして、その取材も兼ねて2年前にこの近所に引越したんです。今はネパール系、ベトナム系の方がずいぶん増えましたね」
冒頭の写真は、室橋さんが「新大久保の中でもごちゃごちゃ感がある通りのひとつ」と称する一角。最近できた中国料理屋の店頭には水槽が置かれ、ザリガニが元気に泳いでいる。もちろん、食用だ。
「通りの奥に専門学校や語学学校がいくつかあって、若者はそこにみんな通っています。夕方の今ごろは学校が終わってアルバイトに行く時間帯ですね」
ここで、室橋さんがアジアンフード店の前に置かれた袋麺を手に取った。
「これは『ハオハオ』といって、ベトナムで売り上げナンバーワンのインスタント麺。最近、日本への輸入が始まったんです」
さらに、なぜか日本食の弁当も。「売れるなら何でも売ってやろう」という貪欲さを感じる。
500円ランチはこの辺りの相場、ギリギリで価格競争をしている
今日は2軒の飲食店を回る。1軒目はネパール料理店の「ラトバレ」。
店内に入ると、BGMはしっとりとしたネパール音楽。
「ランチが安くて美味しいので時々食べに来るんです。この辺で働いているネパール人も『ここがいちばんおいしい』と言います。日本人客はほとんどいなくて、異国情緒が味わえるお店」
注文したのはチキンカレー、ダルカレー、タルカリ、ライス、アチャルが付いた「Aセット」(500円)とネパール風蒸し餃子の「モモ」(600円)。
「ネパール語で豆は『ダル』、ご飯は『バート』。このセットは『ダルバート』というあちらの定食です」
「500円ランチはこの辺りの相場ですね。ギリギリの採算で価格競争をしているんだと思います」
先述したように「リトル〇〇」は各地にある。なぜ、その街に外国人のコミュニティが生まれたのか。室橋さんによれば、「いろんなケースがありますが、確実に言えるのは誰か一人、頼れる人物がいるということ」
新大久保のネパール人コミュニティでいえば、ネパール語新聞『ネパリ・サマチャー』の編集長、ティラク・マッラさんだという。この辺りのネパール人の父親的存在で、「彼がいるなら俺らも安心して暮らせるな」と人が集まってくる。
こんな話も聞けた。
「一時期、技能ビザの中のコックという資格でネパール人がたくさん入って来ました。しかし、さすがに多すぎるだろうというのと、書類を偽造する業者がネパールでたくさんいることが発覚したんです」
こうした余波で、ここ1、2年はネパール人に対してコックとしての入国ビザは下りていない。
百人町は下級武士の屋敷の区割りが当時のまま残っている
本場のネパール料理に舌鼓を打ったところで、再び散策スタート。室橋さんが立ち止まる。
「ここはタイの弁当屋で美味しい。手づくりのスイーツも人気で、すぐに売り切れます」
今、我々が歩いている百人町は、かつて「鉄砲百人組」と呼ばれる下級武士の屋敷が並んでいた。その区割りが当時のまま残っているため、道は細くて狭い。
「この辺はネパール、ベトナムゾーンで、台湾と中国が少し。韓国はあまりない。ベトナム料理屋では、そろそろ『山羊鍋始めました』という貼り紙が出る時期ですね」
東京媽祖廟の前を通りかかった。これは航海と経済の女神様を祀る建物で、台湾華僑にとっては心の拠り所だ。
ペルー人のシェフがいる「ペルー南米酒場」もオススメだという。
「ちょっと高いけど美味しいですよ。このビルのテナントもごちゃごちゃで、上階には住んでいる人もいて、コインランドリーがあります」
「戦争で焼け野原になった大久保エリアの土地を買い始めたのが韓国人や台湾人。ほどなくして、ロッテのガム工場もできて労働者が集まる場所になった。戦後の復興の中、新宿で働く韓国人や台湾人の後背地として栄えた街なんです」
ベトナム人の女の子たちも来ているから味も保証付き
大久保通りを渡ったところで、テイクアウトのケバブ屋を発見。そう、トルコもアジアの一員だ。
「人気のケバブ屋です。美味しいし、店員がものすごくフレンドリー。トルコ人とネパール人が日本語でずっと喋っているんです」
歩くごとに、さまざまな人種と料理の匂いが混じり合う。
「長年ニューヨークで暮らしていた日本人の知人を連れてきたら、『ニューヨークみたい』だと言っていましたね」
お次はバインミー専門店。ベトナムのサンドウィッチだ。
「とにかく、量がすごい。現地でもこんなに多くないですよ。ベトナム人の女の子たちも来ているから味も保証付きでしょう」
勢いで購入したのは具がぎっしり詰まった特大サイズの「たっぷり」(700円)。
最終目的地の「イスラム横丁」は雑多な外国人エリア
さらに、散策は続く。
「土地柄、外国人専門の不動産屋も多いですね。家賃は決して安いわけじゃないけど、新宿駅の隣なのでそこそこの値段。でも、この大久保エリアですら外国人に貸してくれる大家さんは全体の2割ぐらいしかいないのが現状です」
大久保エリアをぐるりと一周した。最終目的地はディープな「イスラム横丁」だ。
「イスラムオンリーというわけではなく、要するに雑多な外国人エリア。インド人オーナーの食材店、『グリーンナスコ』が中心的なスポットです。品ぞろえが豊富でラマダンの期間は特売セールで安くなります」
「イスラム教徒はお酒禁止だけど、日本ではみんなバンバン飲んでいますね。でも、ここのモスクのボスは厳格なので1階でお酒は売っていません」
路地の奥には鮮魚店があった。
「ちょっと、これ見て」と室橋さんから声がかかる。指を指す先を見ると、赤魚の粕漬け16枚が800円で売られていた。
「ちなみに、大久保エリアでは送金業者がコンビニより多いんです。一気に増えたのは、ここ5年間ぐらい。日本の銀行経由で送るより手数料がずっと安い。それ以前は非合法の地下送金を利用するしかなかった」
1カ月前に来日したばかりの店員と日越交流が始まった
新大久保ツアーのゴールは「ベトナムフォー」という名のベトナム料理店。
「ベトナム料理店は当たり外れが激しいけど、ここは一番のおすすめ。ランチタイムはベトナム人の学生であふれ返って学食みたいになるんですよ」
階段を上って入店すると、メロウでスローテンポな歌声が聴こえてきた。今回のツアーでは国ごとのご当地ソングが流れるBGMもムードを高めてくれる。
ベトナム風お好み焼きの「バインセオ」(1100円)、「豚肉のレモングラス巻き焼き」(870円)、そして「ハス茶」(500円)を注文。
運ばれてきた「バインセオ」を見て、室橋さんが「おお、こんなにでかかったか」と声を上げる。
室橋さんがベトナム語で女性店員に話しかけると、「おお、すごいねえ」という反応。
ひとしきりの会話が終わって、室橋さんに「何を話していたんですか?」と聞いた。
「最初、ベトナム語で『ありがとう』と言いました。彼女はちょっと前にイオンモールができたホーチミン近郊の街の出身で、1カ月前に日本に来たばかりだそうです」
いろんな国の人たちとの関係ができたから、正直、離れづらい
心温まる交流を目にしたところで、濃密な新大久保ツアーは終了。
2015年の調査によれば、大久保・百人町エリアに住む外国人人口は約1万3000人。外国人比率は3割を超えている。もちろん、これに別の街からやってくる外国人を加えれば、相当な数になるはずだ。そんな新大久保は姿を変えながら、常に新しいコミュニティが生まれている街だった。
今回ガイド役を引き受けてくれた室橋さんは、埼玉県入間市の出身。大学時代からバックパッカーとしてアジア全域の旅を続けてきた。自身では「入間が何もない街だったから世界を見たいと思ったんでしょうね」と振り返る。
さらに、2005年にはタイに移住。10年間住んだのち、4年前に帰国した。来年の春には新大久保取材の集大成としての書籍が出る。ひと区切り付くわけだが、またどこかに移住するのだろうか。
「そういう気持ちもありますが、この街でのいろんな国の人たちとの関係がだいぶできちゃって。毎週月曜日はヒンズー教徒の集まりに誘われたりとか。気を使わないで暮らせる街だから居心地がいい。正直、離れづらいです」
ベトナムの旧正月にはベトナム人の女性がアオザイを着て街の風景を彩る。ネパールのダサインというイベントの時期にはネパール人が浮き足立つ。新大久保で暮らすということは、日本にいながらにしてアジアを旅しているようなものなのかもしれない。
室橋裕和さん
アジア専門の記者、編集者。元週刊誌記者で、元タイ在住10年。現在は新大久保に住み、アジア関連、日本の中のアジア関連、新大久保情報を発信している。著書に晶文社刊「日本の異国」がある。新聞やWebメディアでの連載も持つ。