パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。
エレベーター無しの7階から、庭のある郊外の一戸建てへ
ドキュメンタリストのドミニク・メタン・ド・ラージュさんは、パリ郊外の街モントルイユに引越して25年になります。ドキュメンタリストという職業はあまり馴染みがありませんが、映画やテレビ番組を制作する際に、歴史的資料やデータといった諸々のドキュメント(文書)を集める仕事なのだそう。今はちょうどNetflix向けに資料集めをしている真っ最中です。
仕事場は自宅。フランス政府が文化を守るために舞台関係者などを金銭的支援するアーティスト認定制度「アンテルミッタン」を獲得しているドミニクさんは、自由業者にはない安定の保証を得つつ、時間や場所の制約なしで作業ができるライフスタイルに、心から満足しているよう。これというのも25年前、パリを脱出し、環状線の外側の郊外へ飛び出したおかげなのでした。
「パリ生活は、ミュージシャンが多く住むオベルカンフ通り周辺が拠点でした。夫は今もそうですが、以前は私もレコード会社に勤めていたこともあって、あのエリア特有の自由でクリエイティブな空気がとても気に入っていたのです。ただ、アパルトマンはエレベーター無しの7階で……子どもが産まれてからは、不自由を感じるようになって。そもそも寝室が1つしかなく、リビングの一角に夫婦のベッドコーナーをつくってなんとかやり過ごしていたのです。でも、次男を妊娠した1996年、片方の腕で長男を抱いて、もう片方で紙おむつの大きなパックやミネラルウオーターを抱えながら、毎日7階まで階段を昇る生活をやめる時がきた、と悟りました」
パリの古いアパルトマンの、木の階段を昇り降りする日々、しかも小さな子どもと一緒! 想像するだけでよく頑張りましたと絶賛したくなりますが、そのくらいパリ暮らしが気に入っていて、パリ以外の場所での生活は考えられなかったということでしょう。
「実は1年ほどパリ市内で物件探しをしていたのです。でも値段が高いばかりで、ちっともいい物件に出会えませんでした。そんな時、友人のひとりがモントルイユのことを教えてくれました。当時はまだ安かったですし、感じのいい一戸建てが多いんだよ、と」
友人のすすめですぐに不動産屋とコンタクトを取り、3軒目に訪問したこの家でピンときて、即決断。パリではさんざん苦労した物件探しも、モントルイユに来た途端、たった1カ月で目的達成できました。
「条件はまず第一に、メトロに近いことでした。なぜなら、パリの友人たちは、みんなが必ずしも車を持っているわけではないからです。友人たちとこれまで通り行き来しやすいよう、交通の便がいいことは絶対でした。第二の条件は、十分な広さがあること。ここは一戸建てですし、庭もあります。住空間は約130平米、庭がだいたい50平米くらい。内見をした時に、庭をどんなふうに手入れして、家をどう改装するか、そこで私たち家族がどんな暮らしを送るのか……情景がすぐにイメージできたのです。家の裏に広い公園があることも、決断を後押しする大きなポイントでした。交通量の多い大通りを渡ったりせずに、すぐに遊びに行ける広い公園があることは、子どもたちにとって何より嬉しいことですから」
アーティストのアトリエが多いモントルイユの環境や、隣人が地下を改装してバンドの練習をしていたことも好印象だったそう。物件購入後、田舎の家そのものだったこの一戸建てを、ドミニクさん夫婦は自分達のライフスタイルに合わせて大改装していきました。
2階建てを3階建てにつくり替えて、寝室を増やす ?!
夫妻と、息子2人。合計4人の家族全員が、快適に暮らせるようにと購入した一戸建て。その希望に応えるポテンシャルはありながらも、購入時の家は現在の姿とは全く違っていました。
「2階建てとはいえ、中は昔ながらのつくりのせいで廊下ばかりが場所をとり、肝心な各部屋はとても小さかったのです。しかもトイレは、屋外に後付けされていました。私たちはまず、寝室をもう1つ増やすために2階の天井を低くして、屋根裏を寝室につくり変えることにました。つまり、2階建ての家の中身を、3階建てに変えたのです」
3階に新しく寝室をつくって、ここを長男の部屋にする、というプランでした。
「1階は、庭の魅力を最大限に取り入れたかったので壁をすべて取り払い、代わりにサンルームをつくりました。このおかげで、サンルームの屋根の部分が、2階のバルコニーになったのです。これは本当にいい判断だったと思っています。サンルームのガラスが納品されるまでの間、ベニア板で塞いで暮らしていた1カ月以上にわたる悪夢も、今では笑い話ですね」
天井を低くしたり、壁を取り壊したり。かなりの大工事を経験せねばなりませんでしたが、こうして完成した住まいは広々とした4LDK。もちろんトイレもちゃんと家の中です! さあ、どんな間取りになったのか、玄関から順を追って見ていきましょう。
庭のメリットを最大限に生かす住まいのレイアウト
まず、ピンク色にペイントした玄関を入ってその先へ。右側がキッチンとリビングです。リビングは例のサンルームに続き、その先にドミニクさんお気に入りの庭が広がっています。廊下を挟んでリビングの向かい側、つまり玄関の先の左側は、仕事部屋兼テレビルームです。モロッコ風のニッチは美と実益を兼ねていて、ドミニクさん自慢のコーナーの一つです。
2階には夫妻の寝室と、長男の部屋が。サンルームの屋根を利用してできたバルコニーは、夫妻の寝室からひと続きになっています。このバルコニーも、ドミニクさんのお気に入り空間です。一人で静かに過ごす日中、ベッドの上で読書をして、気が向いたらバルコニーに出て空を眺める。そんな時間をドミニクさんは心から愛しているのです。
そしてこの上階、屋根裏につくった寝室が次男の部屋、という次第。今では長男・次男ともに独立し、一緒に住んではいません。現在、次男の部屋にはプロジェクターをセットして、ホームシアターとして使っているとのことでした。ここも、ドミニクさんのお気に入り空間です。
インテリアはミックスで
家を一周して一番印象に残るのは、なんと言ってもモロッコ風のアクセントです。ピンク色の壁とポインテッドアーチ型のニッチは、まるでモロッコの都市・マラケシュにいるよう。なぜモロッコテイストなのかなと思い尋ねたたところ、ドミニクさん夫妻は15年前からモロッコで賃貸の一戸建てを借りていて、バカンスのたびに彼の地へ行くのが習慣になっているのだそう。夫の両親がモロッコに住んでいたこともあり、愛着のある土地なのだと教えてくれました。
「モロッコの職人芸術には、かなりインスパイアされていると思いますよ。ポインテッドアーチ型のニッチのように、装飾性と実用性を兼ねたものが多いこともその理由かも知れません。加えて、モロッコからパリまではバスを使った格安の配送サービスがあるので、家づくりに必要なものを買ってパリに送ることが簡単にできるのです。例えば、壁のピンクの顔料はモロッコで買ったもの。普通のペンキよりもずっと発色がいいのです」
そして全てをモロッコスタイルにするのではなく、ミッドセンチュリーデザインや、モントルイユのアーティストのオブジェ、世界中の旅先から持ち帰ったものなど、いろいろなスタイルをミックスしていることにも気づきます。あえてひとつのスタイルに統一しないのは、フランスの人々の住まいによく見られる特徴です。ファッションと同じように、住まいづくりにも自分の個性を尊重して、自分のために空間をつくる。だからこそ自分が心地よく暮らせるのだということを、個人主義の彼らは経験から熟知しているのです。
時には60人を招いてガーデンパーティも!
一戸建てを大改装し、自分達の暮らしに合うようつくり替えたドミニクさん。家の中の多くの部分がお気に入り空間になっていることから分かるように、改装工事は大成功でした。
「でも実は、この家で一番気に入っているのは庭なんです。庭は、日々の生活に心の安らぎと喜びを与えてくれます。自然は毎日変化し、時間ごとに変化しますから、見飽きるということがありません。時にはここで、大勢を招いてガーデンパーティをします。一番最近は夫の70歳のバースデーパーティ。60人を招待しました!」
そんなに大勢をどうやって !? 食器だって足りないのではと心配になりますが、フランスの人たちは招待客でもパーティの準備に参加する、いわゆる「持ち寄り」精神が旺盛なのだそう。食器はともかく、料理の方はみんなで持ち寄って参加するので、招待する側だけが何日も前から仕込みをしたり、プロのケータリングを頼んだりせずに済むそうです。気負わずに大人数のパーティができるのはいいですね。
「パリの西にあるモントルイユは、近年人気が上昇し続けている街です。エコロジーに根ざした環境と、パリジャンやパリジェンヌとは違ったメンタリティーの人たちが住んでいることが、その人気の理由です。街そのものは特別美しくはありませんが、17世紀から19世紀にかけて作られた『桃の壁』という文化遺産があって、多くのアソシエーションがここで都市型農園や参加型菜園などのプロジェクトを進めています。つまり、いいエナジーのある街。いろいろなバランスがいいので、老後も田舎へ引越すことは考えていません。もし引越すならモロッコです! そのくらい、今のライフスタイルに満足しています」
「住まい」とは、家の中だけではなくて、庭や環境、街のエナジーまでも含む自分を取り囲む空間のこと。物件探しをする際は、周辺の環境もしっかり見なくては! そう肝に銘じさせられる、ドミニクさんのお宅訪問でした。
(文/Keiko Sumino-Leblanc)
ドミニクさん