実証実験中に墨田区の個人商店800店でQR決済が可能に。その効果は?
東京都墨田区の曳舟駅から徒歩数分の場所にある「向島橘銀座商店街(通称:キラキラ橘商店街)」は、飲食店など、大小のさまざまな店舗が軒を連ねる下町の商店街です。2018年12月から2019年3月まで、QRコード決済「PayPay(ペイペイ)」が利用できる実証実験を行い、一躍、脚光を浴びました。でも多数の個人商店が集まる商店街でなぜ「QRコード決済」を導入しようと思ったのでしょうか。墨田区商店街連合会・事務局長である井上佳洋さんに、まずは背景を伺いました。
「今回の実証実験は、私ども墨田区商店街連合会から『PayPay』に持ちかけ、実施となりました。QRコード決済を導入しようという背景ですが、2点あり、(1)2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、海外からの訪日客の決済需要に答えたいということです。墨田区には両国国技館があり、ボクシングが実施されるので、当然、海外のお客様が多く訪れることが予想されます。(2)地元客に対しても今後、普及するであろうQRコード決済にいち早く対応して生活利便性を上げていきたい、との狙いがありました」(井上さん)
とはいえ、キャッシュレス決済の事業者は乱立気味。「キャッシュレスって言ったって、どこの事業者を導入したらいいのか分からない」と商店街のみなさんも困惑していたそう。そこで、商店街連合会が複数のQRコード決済事業者を比較し、導入コスト、入金までの期日といった使い勝手を比較、最も商店の導入負担の少ない「PayPay」を選定したそう。
加えて、「PayPay」が2018年12月に大規模キャンペーンを打ったこともあり、認知度が急激にアップ。そのため、当初、実証実験に参加したのは約300店舗だったものの、最終的には墨田区商店街連合会が把握するだけでも約800店舗にものぼったそう(チェーン店などは除いた個人店の数)。実証実験が終わった取材日(2019年5月末)でも、およそこの800店でキャッシュレス決済が継続しているといいます。
「当初は、『よく分かんない』『怖い』『めんどくさい』などのネガティブな意見を想定していたのですが、煩わしくないし、トラブルもほとんど聞きませんでした。拍子抜けするほどです」とあっさりしたようす。
利用者の年代はやはり若い世代が中心のよう。
「20代、30代が多くて、ついで40代といったところでしょうか。このあたりは平坦なので自転車を利用者が多いんですが、スマホさえあれば会計できるので、ドライブスルーのように自転車を降りずに買い物している姿なんかも見かけましたね」。確かに!自転車に乗ったまま買い物できるという発想はありませんでした。キャッシュレスの進展でドライブスルーならぬ、「チャリンコスルー」が流行るかもしれません。
また、筆者もですが、小さな子どもがいると大荷物になってしまい、お財布を探すのに時間がかかってイライラ……ということがしばしばあります。QRコード決済であれば、スマホさえ取り出せればお会計できるのでスムーズになるかもな、と思いました。
では、実際の使い勝手は? 商店のみなさんに聞いてみた
さらに使い勝手を知るべく、商店街を歩いて店舗のみなさんと利用者に話を聞いてみました。まずは和菓子屋さん。
「『PayPay』利用者の利用者は一日に数人かな。こちらも慣れたので不安もないし、スマホですぐに入金確認できるし安心。これがパソコンだったら面倒だけど、スマホで見られるのもいいよね」と満足そう。
それでも困ったことは? と聞くと「たま~に支払い画面を見せてくれないお客さんがいることかな。そうすると『あれ? ほんとに払ったかな?』って不安になっちゃうよね。『ペイペイ♪』って決済音が出るんだけど、それが聞こえないときもあるしさ(笑)」と笑います。
次に訪れたのはお惣菜も売っているお肉屋さん。名物の東京コロッケや焼き鳥がずらりと並んでいて、晩ごはんやおつまみとしてついつい買って帰りたくなります。
「『PayPay』の利用者はやはり若い人が多いですね。100億円キャンペーンのときは、おトクに買えるということもあって、1人当たりの購入単価が多少、高くなっていた感触があります」とうれしそう。夕方、買い物客が増える時間帯にレジをあけずにさっと会計できるのもよいようです。
たこ焼き屋さんでも聞いてみました。
「たこ焼きってつくっているときに、手を休めることができないでしょう。だから、スマホを見るだけでいいQRコード決済はすごく助かりますよ。それに、導入するときに『PayPay』さんにいろいろと操作方法を教えてもらえたからね。とりあえず実験ということで、だめだったらやめればいいし(笑)、その点はすごく心強かったかな」と話します。
こちらのお店で「PayPay」払いを利用する人は、多いときで1日に10人ほど。たこ焼きさんのように、常に手で作業している店と親和性は高いよう。また、席で会計できる「飲食店」などでも使い勝手がよく、じわりと浸透してきているのを実感しました。
消費者の使い勝手も悪くない。では後の展望と課題は?
また、この日、キャッシュレスを駆使して買い物をしているたこ焼き屋の常連さんにも話を伺いました。
「現金を持ち歩きたくない主義なんだよね。だからキャッシュレス決済で5種類ほどスマホに入れているよ。この商店街では『PayPay』を使える店は多いってことになっているけど、それでももっと増えてほしいよね。今だと、一度、チャージするとお金を使い切るのに3カ月ほどかかる。つまり、それほど使える店が少ないってことなんだよ」と、もっと普及してほしい様子。
よくある「使いすぎそうで怖いという不安」に問いに対しては、「キャッシュレスのいいところは、あとから買い物を振り返ることができるでしょ」と答えてくれました。課題としては、「やっぱりLINE、楽天、PayPayも含め、交通系ICカードの電子マネーなどと、規格が乱立しているから、もう少し統一されるといいかな」と話します。
確かにユーザー側から見ると、電子マネー払いやクレジットカード、さらにQRコード決済などと分散気味ですし、「何から導入したらいいか分からない」というのはよく分かります。そして、「管理できない」「設定がめんどくさそう」となり、「まだ様子を見ようかな(というだけで、何もしない)」となりがちです。
ただ、筆者はこの日、実際に「PayPay」を使って買い物をしてみましたが、想像以上にスムーズで拍子抜けするほど。キャンペーンで500円もらえたし、「タダで買い物できた、ラッキー!」が本音です。一方で、近所で使える店舗はまだチェーン店が中心で、よく行く店では使われていません。「もうちょっと規格が整理されて、使える店が増えてほしいなあ」というのが実感です(なお、利用者からのリクエスト機能もあるようです)。
公共料金や税の支払いにもキャッシュレス化の波が
日々の暮らしにかかわるキャッシュレス化は、日常の買い物だけではありません。最近は、行政が積極的に税や公共料金などの支払いをキャッシュレス化しようとしています。筆者が暮らしている神奈川県では、『キャッシュレス都市(シティ)KANAGAWA宣言』をしており、各種税金や上下水道料金の支払いがLINE Payで行えます。試しにアプリを入れ、現金でチャージをして、納付書に記載されていたバーコードを読み取ると支払い画面に。それをクリックするとあっという間に完了してしまいました。自宅にいながらにして納税できるのは便利ではありますが、「クレジットカード払いだったらポイントついたな……」となぜか損した気持ちに。
ただ、個人的にはむしろ高額になる税金よりも、「保育園や学童などの細々とした支払いにQRコード決済が使えたらいいのに!」と思います。こういう教育現場では、衛生費や延長保育代など、期日までに現金で端数漏れなく用意してと言われることが多いのですが、「小銭の手持ちがない!」ということがよくあり、いつも半泣きになって用意しています。教育現場では先生や職員の業務負担軽減も叫ばれていますし、相性は悪くないと思うのですが……。
キャッシュレスを敬遠しがちな消費者も、一度なにかのきっかけで「QR決済」にふれることで便利さが実感できれば、加速的に普及していくことでしょう。スマホ決済が増えることで、現金管理のストレスが減り、今よりもっと楽しく買い物・決済ができるこれからの暮らしに期待したいと思います。