便利でにぎやかな台北市内を離れて、自然に満ちた山の上に構えた自分たちらしい住まい。新型コロナウイルスによる家ごもり期間を経て、これからの暮らし方についてもオンラインでお話を伺いました。
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。2019年に続き柳沢さんが、自分らしく暮らす方々の住まいへお邪魔しました。
台北市の北にある、北投へ
台北駅からMRT(地下鉄)の信義淡水線で北へ22分、車では市内から約30分。台北市北投区は、1894年にドイツ人によって温泉が発見されて以来、台湾有数の湯治場として親しまれています。温泉宿には国内外から観光客が集まり、地元の人たちは公衆足湯で何時間もおしゃべり。泉質は天然ラジウム泉で、街のそこかしこにうっすら硫黄のにおいが漂います。
台北市内と北投は、東京と箱根のような位置関係。台北っ子がハイキングにいそしむ陽明山のふもとで自然が多いため、ゆったりとした空気が流れています。
この北投の山の上に住むのは、カスタム自転車をつくっている葉士豪さん。葉さんは、12年前からオーダーを受けて自身でカスタムした自転車を販売しており、ワークショップも開催しています。
昨年まで台湾のランドマークである超高層ビル、台北101の近くでショップ「SENSE30」を開いていたため、これまで台北市内の中心部の賃貸住宅に何軒も住んできました。でも、にぎやかな繁華街にあるショップ兼アトリエは、自転車好きならば必ず知っている人気店だったこともあって、お客さんが来るたびに作業の手を止めざるを得ませんでした。自転車づくりは集中力が必要なため、果たしてショップが必要なのだろうか……といつしか疑問を抱くように。そして、昨年の3月にお店を閉めて、北投の住居兼アトリエ「Light-House」に移り住みました。
一年前に出合った北投の家は、人が住めないほどボロボロで、廃墟さながらでした。外壁や窓はそのままですが、建物の基本構造や屋根の防水処理、水まわりの配管など家の8割は葉さん夫妻が自身で修繕。この建物、築年数約50年の大きな平屋の一戸建てで、かつては台湾の政治家やアメリカの軍人が住んでいたのだとか。庭にはアトリエとして使っている小屋もあり、母屋の建坪は50坪、敷地面積は200坪にも及びます。
リノベーションで生まれ変わった家
山の上にあるこの家を借りたことで、自宅とアトリエを兼ねるようになり、通勤がなくなったのが良いところだそう。家族ともずっと一緒にいられて、悪いところはありません。ちなみに、葉さん夫妻は新北市林口区(桃園空港と台北市の間のエリア)にも家があって、この北投の家とそちらを行き来しています。
母屋の建物は、かつては部屋数が多く、壁で細かく仕切られていましたが、空間をたっぷり取れるようにリノベーションしてひとつの部屋にしました。それを、料理をする場所、食事をする場所というように、ひとつの空間を「ゾーン」でゆるやかに分けています。ちなみに、壁は可動式のガラス扉のため開放感があり、移動することで区切り方を変えることができます。そして、庭にある小屋を自転車づくりの作業場(アトリエ)として使っているため、住まいのスペースと仕事のスペースはきちんと区切りをつけられています。
リスクに強い働き方と暮らし方
取材は2020年春の自粛期間中に、オンラインで行いました。葉さんによると、北投の家での生活はコロナウイルスの影響はほとんどなかったそうです。その理由は、家が台北市内から離れていて人が少ない安全なエリアだったのと、仕事面では自転車をオンラインショップがあるため販売経路を確保できており、店舗の家賃を払う必要もなかったから。また、自宅アトリエでのワークショップに来るのは知り合いだけで、不特定多数と接することもなく、安心して過ごせました。つまり、自粛期間中も収入は変わらずありながら支出は少なく、安全も確保されているという、理想的な状況だったようです。
結果的にリスクに強い働き方と暮らし方となりました。
とはいえ、将来は台湾・台東に移住したいと考えていて、今はその準備期間なのだそうです。花蓮出身の葉さん、ゆくゆくは「台東と花蓮の間にあるものすごい田舎の長浜という土地」に住みたいのだとか。台湾の東側には新幹線が通っておらず、交通手段は電車や車、バスくらい。ビジネスをするには不利と思われる辺鄙な場所に、ワークショップやオーダーのためにわざわざお客さんが来てくれるだろうかという不安はありますが、自然が好きで、長浜には友達がたくさんいます。台北から北投に移住したのは、台東よりは栄えている北投にまず移って、どうしたらビジネスとして成り立つかを調査するためでもあるそうです。
コロナウイルスの流行により、これまでの価値観や、暮らし方と働き方についての考えが大きく変わった人は少なくないはずです。日本でも、郊外や地方に移住したい、複数の拠点を持ちたいといった需要が増えているようです。これからますます暮らしや仕事が多様化していくなかで、葉さんの暮らし方と働き方は、一つのモデルケースになるように思えました。
そして、昨年と今年で計7軒の台湾の家と暮らしを取材させていただきましたが、誰もが自分らしいオリジナルな生き方を力強く模索していました。みなさんの「新しい暮らし」のヒントになれば幸いです。