園芸関係の卸売業を営んでいた会社の温室や倉庫跡地が、街づくりの舞台
minagartenの街づくりが進む敷地の全体面積は約3100平米。谷口さんの祖父・父の代に稼業として営んでいた園芸事業会社の跡地だ。観葉植物や、土や鉢などの園芸資材の卸売や、初期のころには球根や苗の栽培も行っていたという。しかし、2017年夏、惜しまれながら事業を閉じることとなり、当時東京で働いていた谷口さんには、「残された土地や建物をどうするか」という課題が突き付けられることになった。
「谷口家の長女として、また仕事を通じて他県のまちづくりに関わってきた身として、いつかはこの地で何かすることになるかも知れないという漠然とした思いはありましたが、事業の閉鎖が急だったこともあり実感が持ちきれないままプロジェクトはスタートしました。2年近くの間、1~2カ月に1回程度、週末を使って東京と広島を行き来する日々。いよいよ身体が現地にないと進まないという段階まできて、ようやくこの4月に広島に戻ってきました」と振り返る谷口さん。
「皆賀は江戸時代には水長と書き、山からの水が滞留する場所でしたが、住民らが力を合わせて行った治水工事で改善。それを祝って、皆が賀す(祝う)という意味の現在の表記になったといいます。そのことを知ったとき、これは歴史からのメッセージだと思いました。この地につくるのは、地域の人々と社会とのさまざまなつながりを後押しする、そんな施設がいい。そう感じたんです」
社会とのつながりを育む「みんなの庭、わたしの庭、皆賀の庭」
「激しく変化する時代の中で、みんな新しい幸せの形を模索しているように思います。minagartenのメインコンセプトは『人と暮らしのウェルビーイング』。まずは体が健康であること、次に心が健康であること、そして、社会的に健康であること。その3つが満たされてこそ、本当の意味でウェルビーイング(幸福)な状態と呼べるのではないでしょうか。
今の時代、みんな会社や学校、家や家族など、たくさんのものを背負って生活をしています。その中での役割や立ち位置を縛られ、気づかないうちに疲弊してしまったり、本当の自分らしさが分からなくなってしまう人も多い。だからこそ、肩書きを脱ぎ捨て、一個人として趣味や興味・関心を通じてもっとフラットに人や社会とつながることのできる、サードプレイス的な居場所が必要だと思うのです」
minagartenは造語で、この地域の名前である「皆賀(みなが)」と、庭という意味のドイツ語「garten(ガルテン)」を組みあわせたものだ。英語ではなくドイツ語にしたのは、市民が農園をシェアして家庭菜園などを楽しむ「クラインガルテン」や、子どもたちの個性の芽を育む幼稚園「キンダーガルテン」にヒントを得たから。さらに、「ミナ」という音は、フィンランド語では「わたし」「個人」といった一人称を指すといい、日本語の「みんな」とは一見真逆の意味を持つ。「でも、その両方の幸せが同時に成立する世界をつくりたいと思いました。自分の大切な人が幸せじゃないと、自分一人だけが幸せということはありえない。そうやって自分のことのように思いやれる対象を拡張させて行った先にしか、世界平和はありえないんじゃないかと。皆賀という地域の庭であり、みんなの庭であり、誰にとっても私の庭であると感じられる。そんな場所にしたいと考えています」と、命名の経緯を語ってくれた。
17戸からなる住宅エリアと、シェアキッチンやカフェを備えた「みんなの場所」
minagartenの計画は、14区画の分譲地と3戸の賃貸住宅からなる住宅エリアと、住民だけでなく誰もが利用できるシェアキッチンやカフェを備えたコミュニティエリアから成る。コミュニティエリアは、かつての園芸資材倉庫を段階的にリノベーション。10月には先行して2階部分のシェアキッチンとレンタルスタジオがオープンを迎え、1階もイベントスペースとしての利用がスタートしている。
構想としては、1階にリーシング中のカフェは、コインランドリーを備えた「ランドリーカフェ」にしたいという。「子育てに家事にと忙しい人が、洗濯を理由に気軽に出かけられる。そこで出会う人との会話を通じて気分転換や情報交換ができる。そんな場所にしたいと思っています」と谷口さん。3階部分に計画中の2部屋の民泊ルームでは、一般の旅人以外にも、国内外のアーティストが長期滞在して作品制作する「アーティスト・イン・レジデンス」の仕組みも取り入れる。
中央の吹抜けを挟んで、2階のシェアキッチンの向かい側にはビューティーサロンの計画が進んでいる。「所有と使用を切り離して考えるスタイル。例えばトリートメントルームをネイルや美容鍼などフリーランスの事業者に貸し出すなど、空間シェアを進めていきたいですね」
さらに、隣接する木造倉庫もリノベーションし、ベーカリーを誘致する予定だという。
各種イベントや講座、研究会活動など。まずは新たなコミュニティの構築から
10月17~18日には、minagarten第1期オープンを記念したアートイベント「STAMP! STAMP! STAMP!」が開催された。大人も子どもも100人を超える参加者たちは、リノベーション前の1階の緑の床に、いろんな形のスポンジでつくったスタンプを押して、思い思いに個性の花を咲かせた。「minagartenはこれからもっともっと変わっていく。園芸倉庫だったBeforeの姿をなるべくたくさんの人に覚えていて欲しかった」と谷口さん。吹抜けのホール空間ではライブイベントも開催。多くの人が訪れ、特別な時間を過ごした。
シェアキッチンでは、すでにフラワーアレンジメントの教室や料理教室などが行われているほか、パティシエやコーヒーロースターの方が臨時カフェを営業するなど、新たな人の流れが生まれつつある。今後は住宅エリアの案内会や入居予定者の交流会なども開催予定だ。
さらには、かつての園芸事業関係者や、新たに集った園芸に興味のある人たちと一緒に「園芸研究会」を立ち上げ、建物裏のシェアガーデンをみんなでつくっていくプランも進行中。DIYでピザ窯も設置された。他には読書会などを主催する「ブック研究会」、地域や自らのルーツを解きほぐす「ルーツ研究会」なども。
「まずは小さなコミュニティをたくさんつくっていくこと。選択肢の多さは、そのままコミュニティの豊かさや、風通しの良さにも繋がります。人との出会いを通じて新たな道は開かれるものだと思います。みんなで楽しみながら、これからの人と暮らしの幸せを一緒に創っていける仲間を増やしていけたらいいですね」
【STAMP!STAMP!STAMP! 皆賀の庭に花が咲く】minagartenオープニングアートイベント
一戸建て住宅地でありながら、共用の庭を中心にした街づくりへ
一方、住宅エリアに関しては2020年11月時点で、宅地造成がほぼ終わった状態だ。街づくりの計画に賛同した、家づくりのパートナーである広島のハウスメーカー「イワキ」が、個々の家づくりを進めている。
minagartenの住宅地は、通常の宅地開発とは一味違う。アスファルトの道路の代わりに、分譲14世帯が区分所有する私有地に豊かな植栽を施した「みんなの庭」を設け、全世帯が共同で使用・運営するルールを定めている。家々を仕切るようなフェンスは極力排除するなど、建築や外構に一定のルールを設けることで、ゆとりと統一感のある街並み形成を可能にする計画だ。
「限られた面積の『わたしの家』から、広がりのある『わたしたちの街』へ……。緑とコミュニティの成長が何よりの資産。そんな街を住民一体となって育んでいきたいと思います」
住宅エリアには、14棟の注文住宅と、3戸の賃貸住宅が誕生する。モデルハウスの完成と、新たな街の街開きは2021年初夏を予定している。
minagartenはみんなで一緒に楽しみながらつくり上げていく街だ。この街の主役は、この街に関わる全ての人。パワフルに人生を楽しもうとする人が集まり、そのパワーがどんどんほかの参加者に伝染していく。人が人を呼び、活動は進化を続ける。谷口さんを見ていると、そのことを実感する。
今年初夏に街びらきを迎えるこの新しい街がどんな風に育っていくのか。谷口さんのお話を伺って、今から楽しみで仕方ない。
●取材協力
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