これまでにない家が、簡単にできる
3Dプリンター住宅には3つの建設方法がある。1つめは巨大な3Dプリンターを住宅の建設予定の場所に設置し、そこで材料を積み上げる方法、2つめは砂のような素材に凝固剤をかけて固めたものを、掘り出していく方法、3つめは3Dプリンターを設置してある工場でパーツを生産し、現地で組み合わせていく方法だ。使用する素材によっても建設方法は変わってくると言うが、強度の関係などで、最近では積み上げ式や工場生産方式が主流になっているという。
いずれの手法でも、この3Dプリンター住居の最大のメリットは、「曲線も描けること」と家入さんは話す。これまで、直線でしか描けなかった家づくりの世界に、曲線が入り込む余地ができたため、狭い土地でもデザインや機能を考え、丸みを帯びた家をつくりあげることも可能になった。今後、さらに自由度の高い住宅が建設できるようになると言われている。
家入さんは、「こうしたユニークな構造の家は、家というものに対する新しい価値を生む。さらに3Dプリンターの躯体だけをつくる専門家が登場するなど、新たな専門職も生まれるかもしれない」と話す。
防水シートで覆われたスラム街をなくすために始まった3Dプリンター住宅
そもそも3Dプリンターの住宅は、新興国における住宅や、災害や事故によって必要になった仮設住宅を建設するために発展してきた。「現地の材料で、一定以上のクオリティで家を素早くつくることが目的だった」と家入さんは語る。不衛生な上、雨風もしのぎづらい防水シートに覆われたスラム街が形成されるのを防ぐために、人口の多いエリアで骨組みが1日(24時間)で完成する3Dプリンター住宅は、非常に重宝されるのだ。
実際、すでに米国カリフォルニア州サンフランシスコに拠点を置くNPO団体、New Storyは、コンクリート造形の3Dプリンター住宅を、ハイチ共和国やエルサルバドルなど4カ国で2000棟以上建設しており、その費用は1棟わずか6500ドル(約69万円)だという。現在では、技術改革が進み、4000ドル(約42万円)でも建設できるようになったようだ。
イタリアで完成した、土やわらを材料にした3Dプリンター住宅
3Dプリンター住宅は、アメリカの南カリフォルニア大学の教授、べロック・コシュネビス氏が先駆者的存在として知られている。アメリカが最先端かと思いきや、オランダやイタリアなど欧州諸国でも開発・導入が進んでいる。なかでも、イタリアは実験的なプロジェクトが盛んで、その一つが通称ライス・ハウス(米の家)と名付けられた、円柱型の家「GAIA」だ。WASP社という3Dプリンターの開発販売を手がける企業が、全長12mのクレーンタイプの新型3Dプリンターを用いてつくり上げたこの家は、造形期間わずか10日間。
注目すべきは、その材料だ。現地で手配できる、土やわらなどの天然資源を原料とすることで、材料費はたった900ユーロ(約10万円)という。上から見ると壁の断面に蜂の巣状の空洞ができているが、こうすることで隙間にもみ殻を投入でき、断熱性と遮音性を兼ね備えた壁がつくれるという。そのため、この家は冷暖房不要の環境にも優しい家になっている。
オランダでは3Dプリンターの橋づくりが盛ん
最近では、住宅だけでなく、研究所やオフィスなどの施設でも、3Dプリンターを使って世界中で建造物がつくられ始めている。
特にオランダは、政府が積極的に3Dプリンター技術を採用しようと資金面の補助も行っているという。例えば、3Dプリンターでつくられたパーツを組み合わせた橋は、3Dプリンターの研究を進めるアイントホーフェン工科大学と、民間企業(建設会社のBAM Infra)による合同プロジェクト。
橋の強度を保つため、3Dプリンターから積み上げられるコンクリートの間には、配力筋としてワイヤーケーブルが織り込まれた。8の字を書いたようなユニークなデザインで、空洞にPCケーブルを通すことで、引っ張りを利用して橋桁を完成させたという。強度の面など従来の建設に求められる基準もすべて満たしているとのこと。オランダでは、この他に世界最長となる全長29mの3Dプリンターでできたコンクリートの橋も完成間近だそうだ。
日本のゼネコンも3Dプリンター住宅の取り組みを本格化
こうした新しい技術は、既存の業界から脅威と見られているのだろうか。「もともとミリ単位の建築を行う日本では、精度の管理が難しい3Dプリンターはあまり適していなかった。しかし、型枠なしでコンクリートの建造物を建てられるその生産性の高さから、今では各社が注目し、開発を進めている」と家入さんは話す。
アメリカやオランダに後れを取っていた日本だが、ここにきてゼネコン各社がかねてから開発を水面下で進めていたことを公表しているという。特に日本ではその「材料」にこだわった技術が目立つ。例えば、速乾力や鉄筋が不要な強度を兼ね備えたセメント系の材料など。日本独自の開発力で、これからの飛躍が期待できる技術が続々と登場している。
「3Dプリンター建築の現場では、機械が主役。人間は機械の補佐役になっている。今慢性的な人手不足に悩む日本の建築現場では、事故を防止したり、単純作業をロボット化したりすることは、まさに業界の求めるところ。職人の仕事がなくなる前に、現場で考え行動できる人間の価値はこれまで以上に上がると思う」と家入さん。
3Dプリンターは、建築現場における人の働き方を大きく変えそうだ。家入さんは、国土交通省が進める「i-Construction(i-コンストラクション)」という取り組みを通じて、日本の建築業界の環境がさらに変わっていくだろうと話す。この取り組みによって、どんどん民間の意見を反映した建物の設計基準が採用され、時代にあった内容へとアップデートしているのだという。
「基準内容が変われば、生産性は一気に向上していく」と家入さんは言う。災害の多い日本の基準をクリアした強度を確保しつつ、従来同等以上に快適な家を早く建てることができる技術が、3Dプリンターを用いることで可能になる日も近いかもしれない。
※記事中の3Dプリンター住宅の価格(日本円)は2019年9月5日時点のレートで計算しています
家入龍太さん
株式会社イエイリ・ラボ代表。3Dプリンターをはじめ、建築業界にまつわる最新技術から、生産性向上、地球環境保全、国際化といった業界が抱える経営課題を解決するための情報を、「一歩先の視点」で発信し続ける建設ITジャーナリスト。