今回は「SUUMO」×「じゃらん」のコラボ企画として、そんなカレーを「おうちカレー」「旅カレー」それぞれの視点から楽しみ方を紐解いてみたい。そこでSUUMOジャーナルでは、スパイスを求めて20年、各国に旅をしながら、著書やnoteなどでカレーレシピを発信し続けているカレー研究家の水野仁輔さんに「おうちカレー」の話を聞いてみた。
スパイスだけを持参し、各地の食材でカレーをつくる
――水野さんは20年間にわたってカレーとスパイスを探求してきたということですが、何がきっかけだったのでしょうか?
水野仁輔さん(以下、水野):子どものころ、地元・浜松市に「ボンベイ」というカレー屋ができたんです。当時の静岡・東海地方では珍しかったタンドール(※1)を導入していて、本格的なインド料理を食べることができました。そのお店が僕の原点ですね。スパイシーな味付けのカレーが大好きで、中学生、高校生になってからは自分のお小遣いで通うようになりました。
(※1)インド料理などで使われる壺窯型のオーブン
――子どものころから甘口のカレーではなく、スパイシーなカレーに親しんでいたとは。
水野:僕にはとても美味しく感じられました。大学進学を機に上京しましたが、ボンベイの味は忘れられず、似た味を求めてさまざまな有名店のカレーを食べ歩いたり、インド料理店でアルバイトをしてみたりと、カレー中心の生活でしたね。バイト先で覚えたカレーを誰かに食べてもらいたくなって、よくホームパーティーも開いていたんですが、最初は数名の友人だけだったのが段々と増えていって。社会人一年目のころには公園に30名くらい集めて、カレーイベントを開いたりもしましたね。
――イベントまで。そのころからすでに、スパイスカレーの美味しさを周りに広めていたんですね。
水野:イベントといっても、僕が公園でカレーをつくり、みんなに食べてもらうだけでしたけどね。それでも思いのほか好評で、これを機に「東京カリ~番長(※2)」というグループを作って活動を始めたんです。多くのイベントやクラブから「カレーをつくってほしい」というオファーをいただき、当時は毎月のように出張していましたね。
(※2)2000年に結成されたカレーの出張料理ユニット。日本各地のイベントやクラブなどに出張し、創作カレーを販売。「二度と同じカレーはつくらない」がポリシー
水野:特に、スパイスカレーは「香り」が強いため、つくっている途中から盛り上がるんですよ。「香り」はその場にいる全員が感じることができますし、調理中は目紛しく変化します。他の料理では、なかなか体験できないんですよね? それが成功の要因だと思います。
――それから20年経った今も出張料理は続けられていますよね。
水野:はい。目標は47都道府県の制覇です。12人のメンバーで、全国各地へ出張していますよ。ちなみに、昔はあらかじめカレーを仕込んでいましたが、今はスパイスだけを持参し、その土地の市場やスーパーで買った食材を使ってカレーをつくっています。
――それは楽しいですね。それに、地元で買えるものを使っているということで、参加者も自宅で真似しやすそうです。ちなみに、日々カレーを研究するにあたって、どのように情報やヒントを得ているんでしょうか?
水野:コロナが流行する前は、月の半分ほど海外に足を運び、各地のカレーやスパイスからヒントを得ていました。そして、帰国後にそのカレーを“解剖”してレシピをつくったり、新しいカレーを開発するための研究に活かしたり、という形ですね。1人でコツコツやるというより、シェフ仲間や「カレーの学校(※3)」の卒業生たちと一緒に、アレコレ実験しながら研究することが多いです。
(※3)水野さん主宰の“カレープレーヤー”養成所。通信講座で、カレーにまつわるさまざまな授業を行う
水野さんのおうちでのカレーの楽しみ方って?
――みんなでカレーづくりすると、面白い化学反応が生まれそう。
水野:いろんな仲間が集まって、カレーの話をしたり、探求するのは本当に楽しいです。それぞれが面白いアイディアを持っているので、1人では思いもしなかった発想が飛び出したりもするんですよ。そのため、ここのオフィスは卒業生、カレー仲間のシェフには常に無料で開放しています。使いたい人は自由にどうぞって(笑)。
――気前がいいですね。
水野:スパイスや調理器具は常備していますし、部屋には僕が世界中から集めてきた本がそろっています。もはや、僕がいない日でも一日中、みんなでカレーを楽しんでいますよ。そうやって一緒にカレーを面白がってくれる仲間たちがいて、本当に恵まれていると思います。これは、カレーがつないでくれた縁ですね。
――楽しそうです。読者が自宅でみんなでカレーづくりをするなら、どんな楽しみ方をするのがおすすめですか?
水野:みんなで集まってつくること自体が楽しいんですが、何人かでつくるのなら複数のカレーをつくってワンプレート盛り合わせをするのがいいと思います。あとは、カレーをメインとしたホームパーティーを楽しむなら、「カレーはあるから他を持ち寄りにしよう」と言って、前菜やつまみ、デザート、お酒などを持ち寄ってもらったらいいと思いますよ。
――私もみんなでスパイスカレーをつくってみたいです。ちなみに初心者にオススメのスパイスはありますか?
水野:「ターメリック」「レッドチリ」「コリアンダー」。おまけとして「クミン」というところですね。この4つの組み合わせがオススメです。4人分のカレーをつくる場合の配合は、ターメリック小さじ1、レッドチリ小さじ1、コリアンダー小さじ3、クミン小さじ3がいいでしょう。分量の基本として、「黄色」のターメリックと「赤色」のレッドチリは少なめ。コリアンダーやクミンのような「茶色」は多め、と覚えておくといいと思います。これを加えるだけで、市販のカレー粉よりも抜群に良い香りになりますよ。
――意外と簡単! さっそく試してみます。
水野:そう、簡単なんです。スパイスカレーってハードルが高いと思われがちなんですけど、じつはそんなこともないんですよ。それでいて、いったん体験してしまうとスパイスの奥深さに気づいて、探求が止まらなくなるんです。
水野:ちなみに、初心者の人には「ハンズオフカレー」をオススメしています。僕が考案した世界一簡単なカレーのつくり方で、材料をすべて鍋に入れて蓋をしたら、あとは火にかけるだけ。スパイスがそろっていない場合は市販のカレー粉で代用可能ですが、今日は「AIR SPICE(※4)」のスパイスを使ってつくってみましょう。
(※4)レシピ付きのスパイスセットが毎月届く、サブスクサービス
「世界一簡単」な鍋に食材とスパイスを入れるだけ「ハンズオフカレー」
【ハンズオフカレーの作り方】
●材料(4人分)
・植物油…大さじ3強(40g)
・玉ねぎ(粗みじん切り)…小1個(200g)
■パウダースパイスA
・オニオンパウダー…大さじ1
・ジンジャーパウダー…小さじ1
・ターメリックパウダー…小さじ1
・ガーリンクパウダー…小さじ1/2弱
■パウダースパイスB
・クミンパウダー…大さじ1
・コリアンダーパウダー…小さじ2
・パプリカパウダー…小さじ1
・ガラムマサラパウダー…小さじ1/2
・グリーンカルダモンパウダー…小さじ1/2
・ブラックペッパーパウダー…小さじ1/2
・塩…小さじ1と1/2(8g)
・鶏もも肉(一口大に切る)…400g
・トマト(粗みじん切り)…小1個(150g)
・水…150ml
・ココナッツミルク…100ml
・ミント(あれば、ざく切り)…1/2カップ
●作り方
材料を上から順にすべて鍋のなかに入れ、強火で3分ほど鍋の中央がフツフツとするまで煮立て、蓋をして弱火で30分ほど煮る。30分後、塩で味を調整する。
――本当に簡単ですね。
水野:そうですね。基本、鍋に食材とスパイスを入れて30分ほど放置するだけですから。ちなみに、30分はあくまで目安で、使用する鍋や火力によって適切な時間は異なります。ただ、このカレーは“しゃばしゃば”だと味気なくなってしまうので、ある程度は煮詰めるようにしてください。
――おいしい……! スパイスの刺激とココナッツミルクやミントの爽やかさが不思議とマッチしていて、とても複雑な香りと味わいですね。
水野:おそらく、これまで自宅で食べてきたカレーとは全く別物だと思います。でも、いつものカレーと違うことといったら、スパイスの香りだけなんですよ。それだけ、料理にとって香りがいかに重要な要素であるかということですよね。
道具にもこだわると、もっとカレーの世界が広がる
――カレーづくりにおすすめの調理環境や道具などについてもお聞きしたいのですが、水野さんはキッチンに対するこだわりはありますか?
水野:それが、特別これといったこだわりはないんですよ。あとは、自分にとって使いやすい状態になっていればいいかなと。そういうのって決まった法則があるわけじゃなくて、日々使っていくうちに整っていくものだから、結局は使い慣れた自宅のキッチンが一番オススメです。
――では、調理道具のこだわりは何かありますか?
水野:同じものがずらっと何個もそろっている状態が好きですね。ここのキッチンにも、鍋やカセットコンロ、キッチンタイマー、ゴムベラなんかも、同じものが5個ずつくらい揃っているんですよ。ぱっと見の景観が統一されている状態が気持ちよくて。だからこそ、“一つ目”を決めるまで徹底的に調べ尽くして、お気に入りを見つけたらまとめて買うようにしています。
――それは独特のこだわりですね(笑)。でも、木ベラは違うものが何種類もあるようですが?
水野:木ベラに関しては特に好きな調理道具なので、新しい形を見つけるとすぐに買ってしまうんです。それに、どんなカレーをつくるかによって鍋の形が変わり、最適な木ベラの形やサイズも変わってくるんですよ。例えば、食材を潰しながら加熱したり、焦げないように鍋底をこする必要がある場合は、丸い形状の木ベラよりも「平らな形状」の木ベラのほうが鍋底に当たる部分が広いので使いやすいです。
――木ベラ以外に、カレーづくりに欠かせない調理道具はありますか?
水野:基本的には鍋と木ベラがあれば十分だと思いますが、よりステップアップを目指すなら「すり鉢」と「スパイスクラッシャー」は持っておいても良いかもしれません。スパイスをすり鉢でパウダー状にしたり、ホールスパイスをスパイスクラッシャーで粗挽きにすると、より香りが立ちますよ。
――最初からパウダー状になっているものと、その場ですりおろすのとでは香りが変わってくるのでしょうか?
水野:まるで違います。可能なら、全てのスパイスを自分で挽いてほしいですね。おそらく「今まで自分が買ってきたスパイスは何だったんだろう」と思うくらいに差は歴然だと思います。コーヒーが好きな人も粉で買わずに、家で豆を挽くじゃないですか? それと同じで、挽きたてはとにかく香りが良いんです。
好きなカレー屋を見つけると街の暮らしがもっと豊かになる
――おうちカレーも楽しいのですが、カレー屋さんってどの街にもあり、お気に入りのお店を見つけると、その街での暮らしが俄然楽しくなったりすると思います。最後にぜひ、水野さんオススメのカレー屋さんも教えていただきたいのですが、最近も食べ歩きはしていますか?
水野:じつはここ数年は食べ歩きをしていません。というのも、行くお店はもう決まっていて、6軒のカレー店に20年近く通っているんです。「ムルギー(東京都渋谷区)」「デリー(東京都文京区)」「ピキヌー(東京都世田谷区)」「ブレイクス(東京都渋谷区)」「共栄堂(東京都千代田区)」「ナイルレストラン(東京都中央区)」ですね。この6軒さえあれば、僕は幸せなカレーライフを送れます。カレーづくりのヒントやアイデアの種は、食べ歩き以外のところでも得られますしね。
――6軒それぞれカレーの特徴が異なりますが、共通して好きなポイントはありますか?
水野:どのお店もカレーの“表情”が美しいです。僕は基本的に運ばれてきた料理をすぐ食べるようにしているのですが、この6軒のカレーだけはいつも写真におさめたくなってしまいますね。単に綺麗に盛り付けられているというだけでなく、ソースの色味やテクスチャーなど、僕なりの判断基準があります。完全に僕の主観と経験に基づくものなので、解説するのが難しいんですけどね。
それから、どこか落ち着く雰囲気も共通しています。お店の人との「最近どう?」みたいなコミュニケーションも心地よくて、行きつけのバーを訪れるような感覚に近いかもしれません。
――そんなふうに、自分なりのお気に入りのお店を見つけるのも楽しそうです。
水野:自宅の近くにそんなお店があったら、きっと毎日が楽しいと思います。僕の知人にも、好きなカレー店を追いかけて引越した人がいるくらいですから。そうまでする価値があるくらい、カレーは生活を豊かにしてくれるものだと思いますよ。みなさんもぜひ、ふらっと立ち寄れる距離でお気に入りのカレー店を探してみてください。そして、ぜひ店主や常連客とコミュニケーションをとって、仲良くなってほしいですね。