長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)町は旧千綿(ちわた)村と彼杵町が合併してできた、人口約7700人の町。過疎の進む一方だったこのまちに、近年新しいお店が続々とオープンし、活気を取り戻している。8年間で新しいお店が約25店舗オープン。50人以上が移住し、交流拠点「Sorrisoriso(ソリッソリッソ)」は、年約2万7000人が訪れる場所に。
一体ここで何が起きているのだろう?現地を訪れて話を聞いてきた。
「まちづくりの鍵は自営業者にある」
東彼杵町は、大村湾を望む山に一面にお茶畑が広がる、海と山に囲まれた美しいまち。長崎から観光スポット、ハウステンボスへ向かう通過点にすぎないと言われてきたこのエリアに、近年、若い人たちが集う小さな店がいくつもできている。
その中心が、元JA(農業協同組合)の米倉庫を改修してできたまちの拠点「Sorrisoriso」だ。
今、Sorrisorisoの周囲にはフレンチレストラン「Little Leo(リトル・レオ)」、アンティークと古着の店「Gonuts(ゴーナッツ)」、障がい者がデザイン製作した雑貨やアート作品を販売する「=VOTE(イコールボート)」などの店ができている。
車で数分圏内には、オーガニック食の「海月(くらげ)食堂」、洋食料理人が作る鶏魚介ラーメン専門店「多々樂tatara(タタラ)」、雑貨屋「きょうりゅうと宇宙」などポップで楽しそうな店が、ここ数年の間に続けてオープン。県内外から若い人や、感度の高いお客さんが訪れるエリアになっている。
各店のオーナーはIターン者や地元の若手、Uターン者とさまざま。
とくに大きな資本が入って再開発が行われたわけではない。
Sorrisorisoを運営する、一般社団法人「東彼杵ひとこともの公社」代表理事の森一峻(もり・かずたか)さんは、地域の活動に取り組む中で、あることに気付いたという。
それは、「まちづくりの鍵は自営業者にある」というもの。
「自営業者にとって、まちに活気があるかどうかは自分の店の経営にダイレクトに影響します。だからまちのことも自分ごととして捉えることができる。同じベクトルをもてる自営業者同士がコミュニティをつくれば、まちの活動が盛んになると思ったのです」
森さん自身が旧千綿村に生まれ育ち、5年半ほど県外で働いた後、24歳でUターンして家業のコンビニエンスストアを継いだ地元の自営業者である。
森さんはLINEグループなどを使って、まちの自営業者同士が支え合うゆるやかなコミュニティをつくり、Sorrisorisoを中心に新しい店を増やす取り組みを始めていった。
新しい店を支援する「パッチワークプロジェクト」
まずはSorrisorisoで、起業したい人が小さく自営業を始めることのできるしくみ「パッチワークプロジェクト」をスタートさせる。
うまくいくかどうかわからない中で店を構えて商売を始めるのはハードルが高いもの。そこで、まずは試験的にSorrisoriso内のスペースを貸して商いを始めてもらい、お客さんがついたら独立してもらう。開業の養成所のような役割を果たす。
さまざまなカラーの店がSorrisorisoに集い、卒業した後もまちを彩る。その様を布のパッチワークに例えた。
「とくにIターンで外から入ってきた人たちには、新しい土地で商売を始めるのは難しいと思うんです。そこで僕たちが間に入って、このエリアへ出店する場合はすべて無償で移住を含めたサポートをします。空き物件を紹介したり、情報発信をしてお客さんとつないだり。名前やロゴを一緒に考えることもあります」(森さん)
筆者が初めてSorrisorisoを訪れたのは、2018年の夏だった。この時は「Tsubame coffee(ツバメコーヒー)」のほかに、古着やアンティークを置く店「Gonuts」がSorrisorisoで営業していた。その後「Gonuts」は独立して近くに店をオープン。
筆者が訪れる以前に、Sorrisorisoで営業していた「海月(くらげ)食堂」や「千綿食堂」はすでに独立していて、海月食堂は近くの元製麺工場を改装してオーガニックカフェレストランをオープン、千綿食堂は駅で営業していて人気があった。
そんなふうに、パッチワークプロジェクトを通して、新しい店がいくつも東彼杵町にできてきたのである。
勢いのあるエリアだという印象が広まると、佐世保市内で営業していた飲食店が、こちらへ移転してくるなどの動きも起こり始めた。
新しいお店ができる過程が自営業者のコミュニティ内で情報共有され、地元で応援する構図がSorrisorisoを中心にできていった。
例えば、フレンチレストラン「Little Leo」が千綿に移転してきた際には、みなで歓迎し、リノベーションを手伝ったのだそうだ。
地元の自営業者たちがサポートしてくれるとなれば、よそから移住してお店を始める人たちにとっても、どれほど心強いか。
「Iターン者の存在は、閉鎖的な町に刺激を与えてくれるなど、まちに新しい風を吹き込む意味で重要です。ただしそれを迎え入れて活躍する場を用意するUターン者や地元の人たちに関心をもってもらうのも大切。自営業者が集って楽しみながらまちの活動も進めていることで、お店だけでなく、ライターやカメラマンなどクリエイティブな仕事をする人たちも集まってきています」(森さん)
さらに地元の人がお店を新しくオープンするなど、相乗効果が生まれていった。
閉店勧告を受けた時、後退せずに「攻め」で進んだ
森さんがSorrisorisoを立ち上げたきっかけは、実家のコンビニエンスストア(八反田郷店)を父から引き継いだ翌年、本社から受けた勧告だった。2012年のことである。
「このままでは八反田郷店は閉めるか、ほかのエリアに移すしかない、と本社から宣告されたのです。普通なら店を閉じて後退するところなんでしょうけど、父が始めた地元店をなくすことは考えられなかった。借金背負ってでも前進しようと。翌年、八反田郷店をリニューアルした上に、資金繰りのためさらに新しい店舗を隣の川棚町でも始めて、同時にSorrisorisoをつくる動きを始めました」
この時、森さんが痛感したのは、「自分の店だけでなく、エリア全域が活気づかなければ店の継続は難しい」ということ。
コンビニは、地方ではもはやインフラである。宅配やATM、買い物など生活を支える機能は、それはそれでまちにとって大事。
それでも、森さんは、コンビニのもつ限界も同時に感じてきたと話す。デジタルマーケティングによって絞り切った商品のみを投下する、合理性の極みのようなビジネスと、Sorrisorisoで始めた、地域性や文化的な要素を大事にしながら自営業を支援する展開は、まるで方向性がちがう。
「コンビニも大事ですが、それを目指してよそからお客さんが来るというふうにはなりませんから」
地域性や人、文化を大事にする商いは、効率はよくないかもしれないけれど、持続的に地元の人たちに愛され、土地の個性を発揮する武器、キラーコンテンツにもなりえる。地域性のあるお店を大事にすることが、長い目でみれば、地域の大きな価値になる。
森さんのそうした考え方が、Sorrisorisoをはじめとする展開のベースにある。
Sorrisorisoでも、地元のそのぎ茶を試飲できたり、活版印刷機を展示していたり。地域性や文化を前面に打ち出した展開は、その後開発した「くじら焼き」にも広がっていった。
森さんには、生まれ育った旧千綿村の原風景がずっと頭にあった。
「昔、千綿の浜はいつも漁師さんたちでにぎわっていました。朝が早いので、昼には漁から戻った人たちが、漁港や浜でわいわい飲んでいて。
僕が8歳の時、浜でゴミを燃やしているところへスプレー缶を投げ入れて、爆発して大やけどしたことがあったんです。この時、浜にいた大人たちがすぐに僕を海に放り込んでくれたおかげで、一命をとりとめました。全身包帯でぐるぐる巻きにされて数カ月入院したのですが、危なかったと言われました。
つまり、浜に人が居たから助かったんです。あの浜の風景が自分にとっては大事。もう当時の方々は亡くなったりしているので、地域に恩送りしたい気持ちが強いんです」
コロナの状況下で目を向けた、地元の老舗店
2015年から2020年の5年間は、外から訪れる人の移住支援や、20~40代など若い人たちの新規起業を中心に、自営業者のコミュニティを育ててきた。だが2020年のコロナ禍によって、事態が変化。
地元に古くからある自営業者を応援しようという動きにシフトする。
森さんたちは、ひとこともの公社で運営する「くじらの髭」というウェブサイトで、地元企業30社近くを取材し、情報発信をしていった。取材の過程で、森さん自身も地元の店のことを改めて知ったのだと話す。
「例えば割烹懐石料理を楽しめる、創業96年の栄喜屋さん。美味しい店だとは思っていましたが、大将が若いころ、京都の老舗で修行されたと取材で初めて知って。鰻の炭火焼きのタレを、創業者でオーナーのおばあさんにあたる“おるい”さんが防空壕にまで持ち込んで守り抜いてきたタレであるってことも知ったんです」
そうした諸々を知って初めて「おるいさんのストーリーをアピールした方がいい」「この写真を活用するといいのでは」といったアドバイスをするような関係に。
もう一つ例を挙げると、同じく旅館兼老舗の料亭「若松屋」さん。コロナ禍でくじらカツ弁当を販売することになり、お弁当のパッケージデザインの制作に森さんが入り、地元のデザイナーとつないで、若い人にも訴求しそうなデザインに仕上げたのだそう。これが若松屋のリブランディングにもつながった。
森さんたちと話したのがきっかけで、お店の側でSNSも活用し始め、コロナ禍が落ち着き県外からもお客さんが訪れるようになり、すっかり繁盛しているのだとか。
この時期、こうした老舗料理屋のオーナー同士がSorrisorisoに集まった時のこと。「初めて会った」とお互いが言い合っているのを聞いて森さんは驚いたのだそう。
「何十年もこの小さなまちで同業でやってきて、組合に属していても、会ったことがないんだなって。そういう機会がないんですね。みんなその場で一緒に弁当食べたりして、さっそく仲良くなっていました」
Sorrisorisoのような「まちの拠点」があると、内外から人が集まってくる。外からふわっとやって来る人たちを、森さんたちが適材適所に導く。ただそれだけでなく、元々いたまちのプレイヤーもここを介して知り合い、新たな共同の動きを始めている。地元の民間事業者同士のつながりも強くなり、外の人を受け入れる土壌ができているのだ。
地域の文化に目を向ける さらなる展開の広がり
これまでの取り組みが評価され、2020年には九州電力との協業もスタート。2022年には新たに複合施設「uminoわ」がオープンした。
2022年秋には、ひとこともの公社が、「国土交通大臣賞 地域づくり部門」を受賞。
森さんは、今、さらに新たな会社を通して、人と人のつながりを東彼杵町の中だけでなく長崎県全域、ひいては九州に広げようとしている。各地に拠点をもつプレイヤーがつながり合うことで、お互いに協力し合ったり、情報交換したり刺激し合うことができる。
筆者が、全国で行われているさまざまなまちづくりの例を見てきて思うのは、地域に活気を取り戻そうとする行為は、とどのつまり、人と人のつながりを繋ぎ直すことに集約されるのではないかということ。
一度途切れてしまったつながりを地域内でつなぎ直すという意味もあるし、新しく入ってきた人と地元の人をつなぐ、地域をこえて外の人同士がつながり刺激し合う。
Sorrisorisoでの取り組みにはそのすべてが含まれていた。
東彼杵町の「ひとこともの」をつなぐ取り組みは、いまも続いている。