スマートシティ指数1位のシンガポール。最新事情や日常生活のリアルをレポート

急速に発展中のシンガポール、ローカルな暮らしはどんな感じ?

(写真撮影/四宮朱美)

新型コロナウイルスのパンデミックから日常に戻ろうとする世界の動きのなか、そろそろ海外へ、と思っていたとき、シンガポール在住の友人から遊びに来ないかと誘いがあった。“スマートシティ”と呼ばれ、世界スマートシティランキング(※1)で2019年~2021年の3年連続1位のAAA(トリプルA)を取る国だ。納税手続きなどもオンライン化、医療でもほとんどの病院でオンラインでの診察予約ができるなど次々と新しい公共サービスが生まれている。以前から興味のあったシンガポール。観光だけでは分からない、現地での暮らしを体験しに行ってみた。ローカルの人たちの生活も含めてレポートする。

※1 国際経営開発研究所(IMD)とシンガポール工科大学(SUTD)は共同で発表

日本からの海外移住者も多いシンガポール

マレー半島の先端に位置し、インド洋と南シナ海・太平洋の両大海を結ぶマラッカ・シンガポール海峡に面したシンガポールは、東京23区より少し広い程度の小さな国土に、中華系、マレー系、インド系と多民族が約569万人暮らしている(外務省データ・2020年現在)。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

1年中、高温多湿な熱帯雨林気候で、平均気温は26~29度(国土交通省気象庁データ)。真夏の日本と比べても、とても過ごしやすい。特に朝と夜は快適で、ほとんどエアコンも不要なほど。

日本から飛行機の直行便で約6~7時間、時差わずか1時間のシンガポールは、日本人が海外移住を考えるときに頭に浮かびやすい国の一つだろう。シンガポールで暮らす日本人は36,797名(外務省データ・2019年10月)。周囲でもシンガポールに長期滞在したことがあるという人はけっこういる。その理由は何だろうか。

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)

デジタルで生活の効率化進む。世界的“スマートシティ”の実力

最近、注目されているITC化(Information and Communication Technology、情報通信技術を活用してコミュニケーションを円滑化し、サービス向上などに活かすこと)の点で見ると、国際経営開発研究所(IMD)が公表する2020年のデジタル競争力ランキングでは、米国が3年連続1位で、シンガポールが2位、日本はなんと27位という成績だ。狭い国土に限られた人口で発展するために、すべてにわたって効率化が進められた結果だろう。

2014年8月、リー・シェンロン首相が演説で掲げたSmart Nation(スマート国家)構想により、シンガポールでは、さまざまなプロジェクトが同時並行で進んでいる。日本のマイナンバーカードのような国民デジタル認証(NDI:National Digital Identity)システムがすでに普及していて、行政サービスのオンライン化も進んでいる。実際に住所変更や婚姻届などの手続きも市役所などに足を運ぶことなくできるので効率的だ。キャッシュレス決済を推進するために、電話番号や個人番号を知っていれば送金ができるシステムの開発や、各キャッシュレス決済事業者が定めている規格を共通化して、小さな個人商店でも普及しやすくしている。

入国の際も、日本で事前に入国カードや健康申告書もオンラインで申請でき、とてもスムーズで驚いた。また、政府が無料Wi-Fiを提供していて、「Wireless@SG」というステッカーが貼られた場所で使える。街中のいたるところに貼られていて、日本のように無料Wi-Fiが飛んでいる場所を探してさまようこともない。

さらに公共交通機関もかなりデジタル化が進んでいる。MRT「Mass Rapid Transit(大量高速交通機関)」という電車や路線バスが市内をくまなく網羅していて、日本に比べて安価な運賃で移動することができるうえ、交通省のデータを活用した無料アプリでバスの到着時間を1分単位の精度で確認できる。

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)

全国規模のセンサーネットワーク(SNSP:Smart Nation Sensor Platform)の構築で、人や車の動き、気象情報といったデータを集めて渋滞解消や災害防止などに役立てているのも特徴的だ。一方で、街中に設置されているカメラで犯罪防止になるのはいいが、監視されているようだとの意見もある。

生活必需品などの物価は安いが、嗜好品などは高額。その理由は……

モノの価値観もかなり日本と異なっている。1シンガポールドルは約100円程度(101.21円※10月10日時点)と円安の影響を受けているが、それを抜きにしても住居費、教育費、医療費、保険料は日本からの移住者にとっても高額だと感じるようだ。シンガポールには日本のような国民健康保険制度はなく、ローカルの人は強制積立制度に入る。日本では3000円程度でできる歯科検診(歯の掃除と検診) は95シンガポールドルと高額だ。

実は道路渋滞を回避させるための政府の戦略の一つとして、車もかなり高額。トヨタ カローラ セダンが東京では約232万円なのに対し、シンガポールでは約1277万円と5倍以上(NUMBEO調べ)。一方で、公共交通機関の利用料は日本と比べて安く設定されている。

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)

また、外食もとてもリーズナブルに楽しめるのも特徴だ。
ホーカーズセンターというローカル向けのフードコートは約500円程度。生鮮食材はさまざまなスーパーがそろっているが、全体的にシンガポールの物価は日本より高い。現地に住む友人は、現地の人が利用するウェットマーケットやホーカーズをうまく活用すれば、日本の都市部での生活と同程度の予算で切り盛りできると話していた。

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を乗せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を載せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)

シンガポールのローカルの人たちはほとんどお酒を飲む習慣がない。また、たばこの路上喫煙も厳しく制限されている。しかもアルコールやたばこといった嗜好品については日本に比べてかなり高額。嗜好品など必要不可欠ではないものに関しては税金を高くして、公共交通機関や外食費のような日常生活に必要なものは価格を抑えるということだろう。

シンガポールの暮らしに欠かせない「メイドさん」

上記で街中のことについて触れてきたが、ここからはシンガポールならではの家庭事情について触れていきたい。シンガポールの暮らしで欠かせないのが、メイドさんの存在だ。

日本ではあまり一般的ではないシステムだが、シンガポールでは、5世帯に1組ほど利用しているそうだ。フィリピン人、インドネシア人、ミャンマー人といった外国人メイドさんが多く働いている。メイドさんに子どもを預けて復職する人や、メイドさんを雇いつつ、保育園に子どもを預けている人もいる。現地に住む友人のコンドミニアムにもメイド用の小さな部屋がついていて、まさに「メイド文化」が社会に溶け込んでいると感じた。

メイドを雇うことは、シンガポール政府が政策として積極的に取り組んできた。費用は、税金や食費も含め1カ月8万~10万円程度。エージェントから紹介してもらい、面接をしてから雇うのだが、雇用主はエージェントではなく、あくまでも一般人である。もちろん他人と同じ家で暮らしていくのは簡単ではない。言葉の問題もあるが適切なマネージメント能力も必要だ。

そのため政府からメイドの雇用に関して雇用主側の規則や責任、健康管理などについて雇用主の向けの講座を受けなければならない。受講費は30~40シンガポールドルほどで、実際に足を運ぶか、オンラインでも受講できる。それに加えて毎月300シンガポールドル(約3万円)の“Levy”という税金を政府に支払う必要がある。

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)

現地の友人の家ではフィリピン人のメイドさんを雇っている。食事の用意、洗濯、掃除だけではなく、子どもたちの面倒も見てくれている。彼女は自分の子どもの学費のためにシンガポールに出稼ぎに来ているそうだ。料理は上手なうえに友人の子どもたちを叱ってもくれる頼りになる存在だ。

友人は最初、メイドさんの手を借りずに仕事と子育てに頑張っていたが、今はベテランのメイドさんが一緒に暮らしてくれるようになって、ずいぶんと楽になったそうだ。これはフィリピンに滞在したときも感じたが、仕事をする女性が他人の「手」を借りることに抵抗を感じる日本と大きく違う感覚だ。

メイドさんとの関わり方は大きく2つあるようで、雇用主と労働者としてドライな関係にするか、雇用関係がありつつもフレンドリーに接するか。友人の家ではある程度家族の一員のように暮らしている。

滞在中、建国記念日のホームパーティーにはメイドさんのボーイフレンドも参加していた。みんなで食事をしたり、花火を見たり。家事の合間の時間には彼女のアテンドでオーチャードストリートまで買い物にも出かけた。シンガポールのおすすめスポットも彼女からいろいろ教えてもらった。

日本では人材不足やコストの問題もあり、メイドさんを雇うのは容易でない。しかし、共働き家庭が増え、忙しい生活を送る人が多いなかで、生活にゆとりが生まれるというメリットは大きい。もし安心できるサービスや人が見つかるなら、試しに取り入れてみるのもいいのかもしれない。

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

住宅街のなかにある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)

住宅街の中にある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)

教育環境を求めてシンガポール移住する人は多いが、実態は?

最後に教育についてもぜひ触れておきたい。シンガポールへの海外移住を検討する人々のなかには、英語だけではなく中国語も習えると、子どもの教育を目当てとする人も多いからだ。

シンガポール政府は経済競争力を高めるために、「人的資源が重要」と教育に力を入れてきた。世界各国の子どもの学力を測る代表的なPISA(ピサ Programme for International Student Assessment)では2015年に72か国中、シンガポールは1位、2018年は2位だ。
一方で、実はシンガポールの大学進学率は30%程度、日本の54%に比べてかなり低い。その代わりに能力や技術に応じて得意分野を伸ばすべき他のコースが用意されている。

小学校入学時には、ローカル校、インターナショナル・スクール、そして日本人学校という選択があるが、特にローカル校は世界的に学力が高いので有名だ。

しかし実際は外国人がローカル校に入るのは至難の業のようだ。シンガポール市民と永住権取得者に優先権があり、外国人は残されたわずかな枠に入ることしかできない。学費もシンガポール国民は安いが、永住権保持者、帯同査証保持者とだんだん高くなる。また入学できたとしても、第一言語を英語、第二言語を母国語として学ぶことが義務化されている。

(写真撮影/四宮朱美)

(写真撮影/四宮朱美)

シンガポールでは小学校6年(プライマリー)までが義務教育。その後、中学校4~5年(セカンダリー)、大学進学課程2年、大学3~4年と、中学校修了後に進学するポリテクニック(実務教育を行う3年制の専門学校)とよばれる学校がある。

特に小学校卒業の際に行われる、PSLE(Primary School Leaving Examination)という全国統一試験の結果により、どのセカンダリースクールに入学できるかが決まる。さらにどのセカンダリースクールに入学するかどうかで大学入学までの進路が決まるといわれているため、小学校入学時点で大学入学までの受験戦争が始まっているといわれているそうだ。

このように、かなり熾烈な競争を生き抜く必要がある。子どもにエリート教育を受けさせたいという人たちが集まっているだけに、物心両面で覚悟が必要なようだ。

シンガポールは建国以来、人民行動党が議会の議席の大部分を占め、事実上、一党独裁体制を採っているので、効率的で合理的な政策が実現しやすい国だ。地下鉄の飲食禁止、路上のポイ捨て・唾はき禁止、ガムの持ち込みは違法など、厳しい罰金制度があるが、街を安全できれいに保つためだと思えば負担にはならないだろう。物価は高いといわれるが、ローカルの人たちの暮らし方を学べば生活費も抑えられそうだ。またデジタル利用を活用したインフラが整い、清潔で安全な環境は日本人にとっても暮らしやすい国といえそうだ。

引用元: suumo.jp/journal