これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、さまざまな世代がデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます
2011年の震災をきっかけに、考え始めたこれからのこと
取材に訪れたのは8月中旬。前日の雨がウソのように晴れ渡り、お盆を過ぎると急に秋めいてくる北海道には珍しく、気温も30度を超える暑さ。照りつける日差しのなか、仲間たちと小屋づくりをしていた宇野さんは、作業の手を止め「こんにちは」と、笑顔で迎えてくれました。
自然のなかで土に触れ、自分たちの手でつくる生活の場を、北海道の洞爺湖町に求めた豪佑さんと加奈さん。豪佑さんは兵庫県三田市出身で大学から東京へ、加奈さんは東京生まれの東京育ち。北海道に縁のなかったふたりが、洞爺を選んだ理由も気になるところですが、まずはデュアルライフのきっかけから聞いてみましょう。
「きっかけは2011年の震災でした。そのとき僕はシンガポールにいたのですが、海外で報道されるニュースと国内にいる家族や友人から聞く情報が違っていて、日本の政治や経済のシステムに違和感をおぼえたんです。ライフラインが断たれることへの不安もありました」
そんなときに、自然の循環を取り入れながら自給自足に近い暮らしを実践する人たちと出会った宇野さんは、「とても人間らしいというか自然に見えて、自分もそんな暮らしがしたいとワクワクしました。僕以上に加奈は自然のなかでの暮らしを求めていたと思います」
豪佑さんにとって妻の加奈さんは、一番の理解者で思いを分かち合う同志。
「僕がSNSで発信した言葉に加奈が反応してくれて、会うことになったんです。学生時代は顔見知り程度で、ちゃんと話すのはその時が初めてだったのに、待ち合わせした喫茶店で何時間も話し込んで。そこから付き合いが始まりました」
その後ふたりは結婚。自然を大切にし、既存のシステムに頼らず持続可能な暮らし方を模索するなかで、東京を離れ別の場所に移り住むことを現実問題として考え始めます。
「海外に住むのもアリだよねって、ふたりでニュージーランドにも行きました。ニュージーランドは自然エネルギーの利用が普及していたり、マオリの文化が継承されていたり、国民の意識が高く、国全体で豊かな自然に感謝しながら暮らしている印象でした」
そんなニュージーランドから帰国して、次に訪れたのが北海道の洞爺湖。
「湖を取り巻く風景や空気感がニュージーランドに似ていると思いました。実際に移住することを考えたら、食べ物は日本のほうがおいしいし、北海道なら東京と関西にいる互いの両親にもすぐ会いに行けますしね」と加奈さん。
湧き水に恵まれた高台の原野で、キャンプしながら小屋づくり
洞爺湖町の空き家バンクで土地を見つけたのが2017年の夏。湖を望む高台にぽっかり開けた400坪の土地を手に入れた豪佑さんは、自分たちが思い描く理想の暮らしの実現に向けて、2018年春から本格的に小屋づくりをスタート。
「図面を描いて材料をそろえて、仲間に手伝ってもらいながらゼロからつくっていきました。ただ、斜面を整地して小屋の基礎部分をつくるのは、さすがに自分たちだけでは難しくて、地元の方に助けていただきました」と豪佑さん。
東京でそれぞれの仕事を続けながら、まとまった時間ができると洞爺にやって来て、小屋づくりのキャンプ生活。文明の利器に頼りすぎない生活は、ふたりにとっては不自由さよりも楽しさのほうが勝っているよう。
「東京にいるときは思考が先行して、頭ばかりが働いている状態でしたけど、洞爺にいるときは考えるより先に、体が直感に従って動く感じがします。庭のブルーベリーが青くなってきたから摘むとか、自然をより身近に感じられる気がします」と加奈さん。
そんな加奈さんを一番近くで見ている豪佑さんは、「3m近くある小屋の屋根にのぼってビスを打ったり、東京ではしないようなことも平気みたいで、むしろ楽しんでいる感じですよね。そばで見ていても溌剌としているなって思います」とうれしそう。
楽しくもワイルドな小屋づくりのキャンプ生活が2年目を迎えた今年の夏、豪佑さんと加奈さんは隣接する土地の一戸建てを購入。さらにフィールドを広げています。
子どもたちの五感を刺激する、新しい体験の場をつくりたい
新たに購入した平屋の一戸建ては持ち主が亡くなったあとは使われず、遺族も管理が大変ということで売却を考えていたそう。「家の管理を任されている方がいて、草刈りや畑仕事で定期的に来ていたので、僕らも小屋づくりをしながらいろいろ教わって、もし売却するときは教えてほしいと話していたんです」
電気も水道もガスも整っている一戸建ては、今後ゲストハウスとして使うことを計画中。「10年くらい使われていなかったので、これから少しリノベーションして来年の春にはオープンできたらいいなって思っています。いずれは洞爺に拠点を移すつもりなので、僕も塾の運営は信頼できるパートナーに任せて、こっちでも教育に関わる仕事をする予定です」
加奈さんも「訪問療育の仕事を今年の春でいったん辞めました。彼と一緒に洞爺のこの場所と、自分たちの経験を活かして、子どもたちの新しい体験の場をつくれたらいいなって思っています」
早くも次のステップへと踏み出している豪佑さんと加奈さん。
「もともと自分が旅好きなのもあって、子どもたちと一緒に自然を体験しながら共同生活をする『旅する學校』というイベントを仲間とやっています。小屋もまだ完成していませんでしたが、それも含めて新しい体験になるかなと思って、洞爺でも今年の夏に開いたんです」
最初は日常と違いすぎる環境に、声も出せなかった子が、時間を過ごすうちに友だちができて楽しくなってくると、「絶対にイヤ!」と抵抗していた外のトイレも平気になっていく。どんどん変化する子どもたちの表情に、ふたりも目が離せなかったといいます。
「子どもの適応能力は僕らが想像している以上に高くて、驚かされることのほうが多いです。僕らの暮らしは始まったばかり。仲間もどんどん増えていて、どうなるか分からない部分もありますが、それも含めて楽しみたいですね」