記憶とコミュニケーションづくりにつながる「香り」
日本で香りを日常に取り入れる機会が増えてきたのは、2000年ごろ。病院でアロマセラピーの効果効能を活用したり、ブライダルなどで非日常空間を演出したりと、さまざまな場面で香りが使われるようになった。その後も、天然アロマを活用した空間演出への需要は拡大しつつある。「現在はホテルや店舗・ショールームでのニーズが多く、香りを使った“プラスαのおもてなし”が求められています」と武石さんは分析する。
空間デザインにおいて、色や形などの視覚、そして音楽などの聴覚を使った工夫は従来からされてきた。しかし嗅覚に働きかける香りのデザインは、これから開拓の余地が大いにある。
イメージづくりにおいて「香り」が重要なのはなぜか。まずは、香りの持つさまざまな機能があげられる。天然の植物から抽出されるエッセンシャルオイルにはリラックスやリフレッシュなどの効果が期待でき、おもてなしの気持ちを嗅覚からも伝えることができる。また、近くの飲食店のにおいの影響を受けたり、においがこもりがちだったりする場所では、それを解消することがその場所の印象の改善につながる。また、香りが企業のブランディングと結びついて、記憶に残る効果もある。
香り演出の需要は、ショップやオフィス、マンションのエントランスでも増えているという。アットアロマでは、100%天然のエッセンシャルオイルを使用し、全世界で3000カ所以上の施設でアロマ空間デザイン導入事例がある。そのひとつ、セレクトショップ「SHIPS」では、販売員とお客さんとの会話が「いい香りですね」から始まることも。空間デザインの一要素としてだけでなく、コミュニケーションのきっかけとしても、香りの果たす役割は大きい。
利用者に配慮しながら企業イメージを香りで表現
多くの企業が注目している、香りのデザイン。実際、企業と香りを共同開発する際に、どのようなステップでオリジナルの香りが生み出されていくのか尋ねた。
「企業からの要望は、ブランディングを目的として、企業イメージを香りに置き換えたいというニーズが多いです。なぜオリジナルの香りを取り入れたいのか、どのように活用したいのかなどを伺いながら、その用途やイメージに合った香りを提案していきます」(武石さん)
おもてなしを大切にしたいという場合はリラックスできる香り、利用者の記憶に残したいという場合はデザイン性の高い個性的な香りなど、企業からの要望に合わせて香りの方向性を決めていく。
「特に不特定多数の方がいらっしゃるような空間では、生活の中で馴染みがあり、好みが分かれにくい柑橘系の香りを取り入れる場合が多いです」(武石さん)
使用している天然のエッセンシャルオイルの香りは、人工的な香りと比較すると自然な香り立ちで好まれやすいが、演出の際には弱めの濃度設定から試していくなど、さまざまな利用者に配慮。導入後も定期的に、現場の意見を確認しながら演出方法や濃度を見直し、最適な演出となるように調整をしているという。
そして具体的な香りについては、“明るい”や“落ち着き”といった単語、または色や画像などで、企業とイメージを共有していく。阪急阪神不動産の分譲マンション「ジオ」のイメージ戦略の一環で、モデルルームを演出する香りを共同開発した際は、ブランドコンセプトである「品と質。その、頂へ。」、そして土地に長く根付くイメージなどから調香。モダンなウッドの香りを基調に、柑橘など10種類のアロマを混ぜて、上質な落ち着きをもたらす高級感が漂う香りに仕上げた。
気分に合わせてアロマでセルフケア
空間の印象を決めるだけでなく、香りには心身を癒やす効果もある。ハーブなどの植物から抽出したエッセンシャルオイル(精油)を使って心身の健康維持を目指すのがアロマセラピーだ。
新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除されたとはいえ、以前のようにリフレッシュできない・在宅勤務でオンオフの区別がつけにくいといった悩みを抱えている方も多いだろう。自宅に居ながら気軽に気分を変えたり、自律神経を整えたりする際に役立つ、エッセンシャルオイル選びの情報を紹介しよう。
オイルの種類は、オレンジやグレープフルーツなどの「果実」、カモミールやイランイランなどの「花」、ペパーミントやユーカリなどの「葉」、ヒノキやサイプレスなどの「木」の4つに分類される。「果実」と「花」は、甘く魅惑的なリラックスの香りが多く、「葉」と「木」はスーッとした爽やかな香りで抗菌作用などを持つものが多い。男性には落ち着きのあるウッド(木)系、女性には気分を明るくしてくれる花系の香りが好まれやすいという。
まず、どことなく気分が落ち込んだり不安を感じる方には、サンダルウッドやシダーウッドなど、落ち着きと自信をもたらずウッド系の香りがおすすめだ。しっかりと地に根を張る木。その姿の通り、落ち着きと自信をもたらしてくれる香りで、本来の自分らしさを取り戻したいときに試してみよう。
生活リズムが狂うなどで、眠りが浅くなっている方には、ラベンダーやイランイランが心身に安らぎと落ち着きをもたらしてくれる。就寝前に香りをかいだり、寝室に香りを漂わせるのがおすすめだ。
在宅勤務の際など、ONモードへの切替えに適しているのが、ローズマリー、レモン、ユーカリ。頭をシャキっと目覚めさせる香りで、記憶力や集中力を高める作用などが期待できる。
アットアロマでの売れ筋を尋ねたところ、最近はやはり新型コロナウイルスの影響もあり、抗菌・抗ウイルス作用の期待できるアイテムに反響があるという。「C02 クリーンミント」は、スッとするミントの香りで気分をリフレッシュできるだけでなく、空気中の浮遊菌・ウイルスに対する抑制効果を持つことが試験で確認されている。
また、安眠に特化した「スリープシープ」シリーズも、快眠セラピストが監修した香りが好評。天然の羊毛フェルト素材でつくられた羊型のボトルディフューザーのかわいらしさも心をときめかせてくれる。
ディフューザーがなくてもOK! 自宅で簡単にできるアロマ活用法
アロマセラピーではディフューザーを用意しないといけないと思いがちだが、オイルだけでも活用できるという。「扇子やうちわにオイルを付けて風を仰ぐのもいいですし、ティッシュにオイルを少し垂らして、枕元に置いて寝るとリラックスできます。また、ミストタイプならシャワーの前に浴室に吹きかけると、蒸気と一緒に香りが広がります」と武石さんが教えてくれた。
ちなみに、武石さんに好きな香りを伺ったところ、ユーカリという答えが。「シンプルな香りが気持ちをフラットにしてくれますし、抗菌・抗ウイルス作用に優れるので、マスクに付けて使ったりしています」(武石さん)
もちろんディフューザーを使えば、空間全体に香りを漂わせてリラックスすることができる。子どもがいる際には、まずはほのかに香らせる程度の薄い濃度設定からスタートしよう。触れて倒してしまったりする事が無いよう置き場所についても注意が必要だ。また、ペットがいる場合、香りの種類によってはペットにとってストレスになることがある。念のためかかりつけの獣医に相談しよう。
空間イメージを演出したり、気分や体調を整えたりと、香りにはさまざまな効能がある。コロナ影響により、在宅時間が長くなり気分転換もしづらい日が続いているが、インテリアの模様替えと同様に、自宅の香りを選ぶことで、住まいをさらに快適な空間に変えることができるかもしれない。