「標高1000メートルのウェルネスリゾート」で働く
長野県軽井沢町は100年前から「ウェルネスリゾート」を名乗ってきた。「リフレッシュできるうえに、クリエイティブなことができる町なんです」と軽井沢観光協会・会長の土屋芳春氏は言う。たしかに、戦前に作家の室生犀星が夏に長逗留して創作を行っていたことなど、例には事欠かないし、インスピレーションを生みやすい場所だともいえる。また、軽井沢に「行ってくる」ではなく「帰ってくる」という感覚を持っている人が多いのも軽井沢の特徴。まるで自宅にいるときのようにストレスフリーになれる証左だ。だから「軽井沢はテレワークの場所として選ばれるし、プラス要素は今後も必然的に増加すると思います」と事務局長の工藤氏は話す。新しいものを取り入れようということで、ベンチャー企業による貸しオフィスの運営も始まった。
軽井沢という土地は言うまでもなく古くから人気の別荘地であり、ここに別荘を持つことにあこがれている人も多い。そうした別荘文化が背景にあることは、ワーケーションがしやすい場所という側面を持つ。推計で450人ほどが別荘を使ってワーケーションを行っているようだ。別荘コミュニティが軽井沢の魅力であるため、ここで新しい人脈が広がることも多い。東京だと5分のアポイントを取ることも難しいが、別荘であればゆったりと話をすることもできる。また、短時間から使えるミーティングスペースが多いのも魅力だ。個人のグループでのアクティビティや、チームビルディングをするための合宿にも使われている。都会的なコワーキングスペースも増えてきた。
以前から企業誘致に熱心だった軽井沢
実は、軽井沢町では、実に33年前から会議都市としてビジネス客の誘致に動いてきていた。単なる観光地としてではなく、町としてビジネス客を取り込む戦略を打ち出したのである。こうして企業が町内の施設を使って会議を行うようになった。また、首都圏から近いこともあり、日々通勤する人も300人以上いるという。通勤できることが魅力だった軽井沢では、近年テレワークで仕事をする人も徐々に増え、働き方改革のなかで、その動きはさらに広がっている。
軽井沢には従来、企業の寮や保養所が多かった。90社、90寮、全盛期には300を超えたが、バブル経済の崩壊やリーマンショックで閉鎖するところが増えた。そうしたところをリノベーションして大手都市銀行などが利用している。こうした企業が成功事例をつくり、軽井沢が磁場になる。
また、テレワーク協会と観光協会は協働して、これまでに10回近く実証実験を行ってきた。1泊2日の体験をつくりこむことにより、ニーズを探ってきたのだ。こうして、軽井沢にあるワークスペースは使う人の意見を反映したものとなった。
ワーケーションの実施場所はテレワーク協会が一元管理して紹介しており、利用者を見極め軽井沢の価値を下げないよう、ハイクオリティな町づくりを行っている。軽井沢はもちろん東京に比べるとアクセス面などで不自由だが、その不自由さを逆手に取っていかに特別に大きな企画にしようかとがんばっている。そうして、観光客がワーカーでもあるような状況を強固なものにしていきたいと、観光協会のお二人は強く語ってくれた。
軽井沢の仕事スペース3選
インタビュー後、土屋会長が軽井沢の代表的なコワーキングスペースを案内してくれた。いずれおとらぬセンスのよさで、実に仕事がはかどりそうな場所だった。
●軽井沢書店
軽井沢にあった書店の跡地に、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が2018年5月にオープンした書店。店内では軽井沢や自然に関する書籍や雑誌の販売に加え、DVDレンタルも行われている。店のスペースの半分ほどはBread & Coffee by MOTOTECAというカフェになっていて、ここでPCを使って仕事をすることができる。取材当日は雨のため人は少なめだったが、常にさまざまな人が訪れ、読書や仕事をして帰っていく場所である。
●Lulu GLASS(ルルグラス)
軽井沢のフローリストS.K.花企画の運営で、店内は花に囲まれている。中軽井沢エリアでのテレワーク、打ち合わせスペースとして重宝され、店内ではワークショップなどのイベントも行われることがある。経営者は軽井沢商工会会長の金澤明美氏。町のワーケーションの機運を高めようと今年オープンした。ドリンク1杯540円のみで1日利用可能なので、軽井沢近辺で仕事がしたい人にとっては、大変重宝する場所である。
●ハナレ軽井沢
ハナレは、軽井沢ではいちばん有名なネットワーキングスポットといえるだろう。管理人はテレワークの仕事を歴任し、現在は軽井沢リゾートテレワーク協会副会長の鈴木幹一氏。ここはそもそもNTTコミュニケーションズの所有であり、週2回ほど開発会議も行われているが、その他の人も利用できる。鈴木氏は「軽井沢のワクワクする環境を大切にし、テレワークの聖地にしたい」と語る。
「いま、莫大な費用が地方創生に使われていますが、そんなことをしなくてもワーケーションやテレワークで、都市として大きくなることはできると思っています。働き方も含め、さまざまなダイバーシティを取り込み、地元の人と移住された人のコミュニティを大きく育てていきたい」というのが観光協会のお二人の意見だ。
不景気の中にあっても、インバウンド需要などで軽井沢の勢いは止まらない。また、別荘地としてのブランドも下がらない。そんな軽井沢でのワーケーションは人々の「休暇を取りたい」「仕事もしたい」を満たしてくれるだろう。ただ、軽井沢町に住む人以外にとっては、まだまだ高級な避暑地としての認識のほうが強い。今後はいかに軽井沢という伝統のブランドを守りつつ、新たな働き方を模索する人たちを取り込むかが課題となるのではないだろうか。
軽井沢町は、ワーケーションの取り組みについてほかの自治体と積極的に意見交換などを行っている。横のつながりがどう活かされるのか、今後も軽井沢のワーケーションのあり方に注目してゆきたい。