世界基準の超高気密・高断熱住宅、パッシブハウス
冷房や暖房で使うエネルギーを最小限にし、太陽や風など、自然のもっている力を建物に取り入れた建築設計手法のことを「パッシブデザイン」といいます。そのパッシブデザインを追究したのが、ドイツのパッシブハウス研究所が定めた性能基準を満たした「認定パッシブハウス」です。いわば世界水準の省エネ住宅となり、認定には地域の気象条件を考慮した冷暖房需要、家電も含めた一次エネルギー消費量、気密性能などの基準が決められており、設計段階から断熱材や窓の性能、日射量、通風量を専用ソフトで計算、厳しい基準をクリアしないといけません。
たとえば、伊勢原パッシブハウスの場合は、気象条件が東京のため、以下の数値を満たす必要があります。また、気象条件により異なるのは年間冷房需要のみで基準値に加算されます。加算される数値は、寒い地域は小さく、暖かい地域は大きくなる傾向にあります。
<認定パッシブハウスの条件/東京の場合>
・年間暖房需要 15kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
・年間冷房需要 21kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
・気密性能 50Pa時の漏気回数 0.6回以下(目安として、C値=0.2程度)
・一次エネルギー消費量(家電含む) 60kWh/(m2・a)以下
※地域加算前の基準値は以下の通り
・年間暖冷房負荷:年間冷房需要15kWh/(m2・a)以下 もしくは ピーク冷暖房負荷10W/m2以下
・気密性(漏気回数):漏気回数が0.6回/h(50Pa時)
・一次エネルギー消費量(PER):60 kWh/(m2・a)以下 ※クラシックの場合
(ドイツのパッシブハウス研究所によるパッシブハウス基準より)
2009年、日本で初めてパッシブハウスとして認定された建物が誕生し、以降、専用ソフトの扱いや建築手法が広まったことで、徐々に数を増やし、今では日本各地に広がっています。パッシブハウスのメリットは、自然の力を最大限に利用しつつ、夏は涼しく、冬は暖かく、快適であること。省エネ性にすぐれ、電気代などの光熱費を抑制でき、家計にも地球環境にも優しい住まいなのです。
ただ、パッシブハウスのメリットといわれても、その良さ・すごさはなかなか伝わりません。そこで、実際に建てられたパッシブハウスを訪問、住み心地について施主に質問したり、住まいの良さを体感できる日が設けられているのです。それが、パッシブハウスオープンデーです。
もちろん、このイベントは建てたオーナーとそのご家族の理解、協力あってのこと。しかも、この数年はコロナ禍ということもあり、オープンデーそのものが開催できませんでした。今年は行動制限のないなか、久方ぶりに開催される運びとなったのです。筆者も見学希望のみなさんと一緒にお邪魔してきました。
190平米の平屋で6人家族ながら、空調はなんとエアコン1台のみ!
今回、見学したのは、神奈川県伊勢原市にある、平屋のパッシブハウス。施主は武蔵野美術大学建築学科の教授でもあり、一級建築士の持田正憲さんです。お住まいになっているのは、ご夫妻とお子さん3人、そして持田さんのお母さまの計6人。190平米の平屋建てですが、14畳分のエアコン1台と熱交換型換気システムで、住まい全体の空調をまかなっています。
以前の持田さんは60平米の賃貸住宅で5人暮らしのときに、2万円程度の光熱費でしたが、今も同程度で住んでいるといいます。平屋の吹き抜け、しかも窓も大きく、天井高もあり、広さが3倍になっても光熱費が変わらないことにさらに驚きます。
「もともとこの場所は私の実家であり、築100年弱の古民家が建っていました。冬は寒くて寒くて、手袋をしながら仕事をしていましたよ」と笑いますが、建て替えた今では11月でも半袖で過ごせるほど暖かです。
オープンデーが行われた11月11日には午後に数組、12日の午前と午後にそれぞれ予約が入っていましたが、どんな人が予約し、見学しにいらっしゃるのでしょうか。
「パッシブハウスとはなんぞや、という人は少なくて、ある程度、住まいに知識・関心がある人が多いですね。あとは工務店さん、建築士などの建築関係者です。近くにパッシブハウスができたらしい、見に行ってみよう、という感じでしょうか」と持田さん。伺う限り、建築・建設関係者や情報感度が高く、住まいへの関心の高い方の申し込みが多いようです。
実際、筆者が一緒に見学をさせていただいた方は、住まいはすでにお持ちですが、建築番組が好きで毎週欠かさず見ているとのこと。パッシブハウスに興味関心があって、すでに基礎的な知識はあるといい、参加者の熱心さにもまた驚きます。
建物の向き、ひさしや窓の役割についてわかりやすくレクチャー
見学会は、あいさつからはじまり、まずはということで、お庭へと案内されました。そこで建物の向きやひさしの役割、窓の役割、特性の説明からはじめてくださいました。
土地はもともと、築100年ほどの民家があったためか、南向き。日差しがたっぷりと降り注ぐ良好な場所ですが、夏は遮熱をしないと日差しで室温が上がってしまいます。そのため、ひさしを深くして遮熱し、さらに窓にオーニング(日よけ・雨よけ)を設置しています。また、西日は極力入らないよう、通風、採光用の縦型窓を採用。こうした数々の工夫により夏、窓から熱が入ってくるのを防ぎ、弱冷房運転をかけているだけで、ほどよく涼しく過ごせるのだそう。
「春と秋、冬は上部の窓から日差しを取り入れて、室内の空気を暖め、それを逃さないようにします。長男は暑がりなので、冬でも暑い暑いというくらいです」(持田さん)
窓は3枚ガラスの樹脂製、熱交換器はわずか10%の熱ロス!
次に室内に戻って、窓や躯体の断熱性能について説明が続きます。
「大きなウッドデッキにつながる窓は木製で、ほかはすべて樹脂窓のトリプルガラスです。幹線道路沿いですが、窓を閉めてしまえばびっくりするほど静か。もちろん結露は見たことがありません。断熱材は壁に300mm、屋根に400mm入れているので、一般のお住まいの2~3倍といったところでしょうか。UA値(外皮平均熱貫流率)は0.26で、HEAT20でいうとG3のグレードにあたります」(持田さん)
HEAT20とは、一般社団法人20年先を見据えた日本の高断熱研究会の略称で、日本の住まいの断熱性能を高める有識者会議のこと。このHEAT20では、住まいのグレードをG1、G2、G3とわけていますが、G1でも省エネ等級5以上の性能としています。もっともグレードの高いG3は、最高等級である断熱等級7に相当し、今、日本の住まいのなかではトップグレードということができます。
窓に続いて、ロフトをのぼって、熱交換換気システムを拝見します。
「この家の熱交換換気システムは、日本スティーベル社のものを採用しています。熱交換器とは、熱を失わずに空気を入れ替える換気システムのことです。この熱交換器は効率が90%なので、10%しか熱をロスしません。そのため空気を冷やすにしても、暖めるにしても、少量のエネルギーですむんです。また、メンテナンスが大切になるので、階段で行き来しやすようにしています」(持田さん)
続いては、洗面と室内物干しスペースに行き、半分床下に設置されたエアコン(唯一ある暖房器具!)について説明してもらいました。
「去年の冬、外気温はマイナス5度になった日もあったのですが、暖房をつけたのは5回程度。太陽の熱だけで十分暖かく、快適に過ごせました」と持田さん。夫人は当初、ここまでハイスペックな住まいにしなくてもと思っていたそうですが、今ではあまりの暖かさに慣れ、積極的に案内をしてくれるように。
ざっと室内見学を終えて、最後に質疑応答をし、1時間程度で見学会は終了となります。
気になる建築費については、高断熱高気密住宅を作っている工務店に依頼し、その工務店の平均坪単価よりも10%程度アップで収めたとのこと。10%で収まるのもまた驚きですが、これから上がり続けるであろう電気代を考えると、収支としては十分、合うのはないのではないでしょうか。
「それでもね、(実家の相続で)土地代がかかっていないから、と自分にいい聞かせて、思い切りました」と持田さん。こうしたぶっちゃけトークがでたところで、緊張していた場がほぐれて笑顔が出るように。見学されたご夫妻は、最後に「できるものならこんな家を建てたいですよね」と感想をこぼしていらっしゃいました。わかります、その気持ち。
最後に持田さんは、「ほんとはね」といいます。
「日本の11月は、(パッシブハウスでなくても)多くの家で快適に過ごせるんです。パッシブハウスが真価を発揮するのは、真冬。外はマイナスなのに室内は20度というのを体感したら、印象がまた異なるはずです。パッシブハウス・ジャパン独自で、真冬の見学会を企画してますので、気になる人は予約して足を運んでみてほしい」と続けてくれました。
家の光熱費が気になる人はもちろん、気候変動が気になる人、これからの住まいの温熱環境について考えている人は多いはず。なんとなくでも興味のある人は、一度、見学してみて損はないと思います。きっと実りの多い時間となることでしょう。