ワーケーションで人も土地もwin-winの関係に
ワーケーションは基本的に休暇だが、「この日は仕事をします」として休暇先でPCにログインし、テレワークすることで勤務日とみなされる制度だ。JALのワーケーション実績は、2017年夏期推奨期間の利用はわずか11人だったが、翌年の2018年夏期推奨期間には78人と、なんと7倍にも増加した。2018年は年間を通してのべ174人がワーケーションを利用したことになる。また、ここから派生して、商品として「ワーケーション」を組み込んだツアープランの販売も始まった。この一連の動きの立役者が人事担当の東原さんだ。
ワーケーションを通じてその土地を訪れることで、お互いがwin-winの関係になると東原さんは考えている。「地域の方々と一緒に何かを『生み出す』こと、つまり『共創』を実現したいです。ワーケーションは地域活性にもつながると思います」と東原さんは言う。2018年11月から12月にかけて実施した鹿児島県徳之島町とのワーケーション実証事業において、ワーケーションがもたらす地域との結びつきの魅力を実感し、荒らされていない自然が存在する徳之島への愛も同時に芽生えた。
現在、JALの勤怠システムでは「ワーケーション」という項目が「休暇」などと並んで選択できるようになっている。また、社内で閲覧できるイントラネットでは、東原さんが自作した、全国のオススメのコワーキングスペースを紹介している。とても整理されていて情報量も豊富、イントラにとどめておくのは惜しいほどの出来栄えだ。「ほとんど趣味ですけれど」と東原さんははにかむが、なかなかできるものではない。
この夏は北海道、愛媛、オーストラリアでワーケーションとアクティビティを融合した試みも行った。働き方や休み方を社員自身がマネジメントでき、さらに付加価値を実感できるようにするのも人事担当としての目的のひとつだ。
「ワーケーションの伝道師」が生まれるまで
いまやワーケーションの伝道師(エバンジェリスト)ともいえるほど、熱心にメリットを語る東原さんだが、会社としては休暇取得の促進が喫緊の課題であった着任当時、なんでもいいからすがりたいという気持ちもあった。シフト勤務者は残業がほとんどない環境であるが、間接部門の社員は経営破綻後人員が減った中、業務は増加傾向にありワークスタイル変革の実施は急務であった。
ワーケーションを浸透させるため、受け入れ先のひとつ和歌山県の南紀白浜に話を聞きに行き、社内モニターツアーの企画につなげた。そして、2017年12月と2018年2月の2回にわたって10~15人の社員とともに体験ツアーを行った。評判は上々で、手ごたえを得たように思った。
そのほか、一般社員がワーケーションを行いやすいようにと役員自らがワーケーションを実施したり、家族を同行させてのワーケーションをしたりしてみたこともある。また、若手社員帯同してのワーケーションをしたりしてみたこともある。また、若手社員からの声をもとに、滞在先で集中討議を行う「合宿型ワーケーション」を徳島県神山町、宮城県鳴子温泉、福岡市、富山県などで行った。
担当業務の一環として始めたワーケーションだったが、東原さん自身も、ワーケーションで働き方がガラッと変わった社員の一人である。温泉地なら湯治場で地元の人たちとコミュニケーションをとるのも楽しいなど、場所によって異なる魅力がある。2018年のゴールデンウイークには海外でのワーケーションを体験しようと、シンガポールへ出かけた。「次はあえてハワイ島に行き、パワースポットで仕事をしてみたいと思っています」(東原さん)
現在の人事の仕事に就く前は、社外に出向していた東原さん。社外での経験は、会社や自分自身を俯瞰してみることができ、自身の働き方について見つめなおす良い機会となった。「残業が多く、有給休暇も取れない環境は良いのだろうか」と、これからの人生や働き方について考えることも多かったと言う。今は心から仕事を楽しいと思えている。「ワーケーションのおかげかもしれません」(東原さん)。例えば徳之島に行くと「おかえりなさい」と言ってもらえる。「自分が関係人口の増加にも寄与しているのではないかと実感できるんです。それをうれしく思います」。連休の合間にワーケーションを使って、地方にいる友人に会いに行くのも楽しみとのこと。
ワーケーション普及に立ちはだかる壁
「仕組みさえできればワーケーションはどの会社でも導入しやすいと思います」と東原さんは言う。しかし、休暇をベースにした制度の理解ができる素地が、いまの日本社会にはまだない。「本当に仕事しているのか?」と疑ってしまう「性悪説」の蔓延がワーケーションやテレワークの普及を遠ざけている。しかし働き方を変えるために労使双方に大切なのは「性善説」であり、お互いが信頼、理解し合うことなのかもしれない。
ワーケーション導入後のJALでは、有給取得率が高くなったという。時間外労働も月7時間まで削減できた。ワーケーションにおいても、PCのログオンやログオフを見ることで、社員をきちんと管理できている。「次の目標は今年5月に導入した出張時に休暇をとれる『ブリージャー』の浸透です」(東原さん)と、すでに見据えるのはワーケーションのその先だ。
ワーケーションのためのコワーキングスペースを提供したり、テレワークのためのインフラづくりをしたりしている企業は登場しているが、自社へのワーケーションの導入には至っていないところが多いのが実情である。導入に向けて社員一人ひとりの働き方について対面で話すことを重要視する企業もあるだろうし、JALのようにワーケーションの勤怠管理をできるシステムを整えることを検討する企業もあるだろう。しかし、システムの整備にはコストもかかるし、セキュリティの担保といった面でも万全とは言えないかもしれない。
ワーケーションの取り組みは日本社会全体を見るとまだ始まったばかりで、その可能性は未知数。今回、取材先としてワーケーション実践者を探す中で、言葉は広がっても実践はあまり進んでいないことを感じた。また、ベンチャーやスタートアップのような小規模の会社に比べ、大企業ほど制度面の整備などが難しく、導入の壁は高いだろう。しかし、さまざまなライフスタイルが広まる中で今後の選択肢となってくることは間違いない。PCひとつでリゾート地からリモート出勤――ワーケーションはこれからが本当のスタートだ。