タイニーハウスが住宅不足の救世主に?
東京都心部から車で2時間ほど、多摩川の源流部にある山梨県小菅村。村の面積の約95%を山林が占める大自然の中で、山の斜面を利用した畑作や、清らかな水を活用したヤマメやイワナの養殖などが行われています。時間がのんびりと流れ、ノスタルジックな雰囲気です。
村の人口は714人(2019年7月時点)、小菅村源流親子留学や多摩川源流大学、地域おこし協力隊などで村外の人も積極的に迎え入れています。今回、取材の対応をしてくれた一級建築士・技術士の和田隆男さん(トップ写真)も、もともとは地域おこし協力隊のひとり。25年前から小菅村役場、小菅村体育館などの村内の公共施設づくりに携わってきましたが、小菅村への地域貢献を本格化。山梨県甲府市のマンションと村内のタイニーハウスで二拠点生活を送り、72歳になった現在も村のために日々奔走しています。
そんな和田さんが中心となって3年前に始動したのが「小菅村タイニーハウスプロジェクト」です。タイニーハウスのデザインを全国から公募し、その中から最優秀賞や優秀賞に輝いたものも含め、年2~3棟のペースで建てています。3年目の現在、9棟が建ち、そのうち7棟は村営住宅として移住者や地域おこし協力隊へ貸し出されていて、2棟はモデルハウスとして利用されています。
この取り組みの背景には、移住者等の増加による住宅不足があると言います。
和田さんが3年前にこの現状を知ったときに思い出したのが、住宅不足が深刻化しているイギリスでの経験でした。ホームステイ先の庭先7坪ほどの場所でビジネスをするためのアイデアを求められた際に、日本のワンルームに着想を得た小さな家の提案をして興味を持たれたそうです。さらに、その後に日本で起きたタイニーハウスのムーブメントもあって、ますます実現してみたい気持ちが大きくなっていったそう。
「小菅村には豊富な森林資源があります。これを活用しつつ、住宅不足を緩和できる糸口になるのではと、まずは個人的に別荘を建てるつもりで設計していました。そうしたら村長に興味を持ってもらえて、地方創生事業として本格的に取り組めることになったんです」
百聞は一見にしかず。モデルハウス2棟と、和田さんが住んでいるタイニーハウスにおじゃましてみましょう。
暮らしに家を合わせるのではなく、家に暮らしを合わせる
和田さんいわく、タイニーハウスの条件は、トイレ、風呂、キッチンなどの家としての機能を完備している“快適な住まい”であること。設備込みで500万円前後から購入でき(土地代を除く)、建設期間は2カ月ほど。維持費もほとんどかからず、光熱費が年間1万4000円という人もいるそう。とても経済的です。
村では高齢化が進んでいることもあり、地区ごとに若い人に住んでもらうためにタイニーハウスを点在させて建築しています。
小菅村のタイニーハウス第1号では、住まいの最小単位を追求。「はじめは8畳一間で何ができるだろうと不安でした。50年近く仕事で設計に携わっているのに、イメージできなかったんです。ところがつくってみたら、狭さを感じないし、逆にほかに何が必要なの?と思うようになりました(笑)」(和田さん)
2軒目は、リビング・就寝スペースがある主屋、トイレ・風呂がある水屋と、2棟に分割されたタイニーハウス。「家具は可動式。暮らし方は変化していくものですから、快適な間取りも変わっていくはずです。だから、はじめから間取りを決めてしまうのではなく、家具などで変えられるようにしました」(和田さん)
これらモデルハウス2棟は、今年中に民泊申請をする予定とのこと。実際にタイニーハウスでの暮らしを体験できるのが楽しみですね。
3軒目は和田さんのご自宅です。キッチン、トイレ、寝室、クローク、書斎、バスタブ付きの風呂場、2段ベッド付きの子ども部屋と、かわいらしいサイズ感の外見からは想像がつかないたくさんのスペースがあります。
甲府市では50平米の1LDKマンションに住んでいるという和田さんですが、ここ2年のタイニーハウスでの暮らしはいかがでしょうか?
「十分です。3歩以内で身の回りのことが何でもできます(笑)」
たくさん物があるから収納はたっぷり欲しい、家具をたくさん置きたいから広々としたスペースが欲しいと思いがちですが、タイニーハウスに住むことで足るを知る、ということでしょうか。
また、和田さんは以前から「大きい家はいらないという思いは持っていました」と言います。
「このタイニーハウスが、長年向き合ってきた住まいに対する僕のひとつの答えです。
僕もかつては大きな家を買うためにローンを払ってきました。無理をしてきた部分があったと思います。資産になる、家族のため、と思っていましたが、子どもたちとその大きな家で暮らしたのは15年ほど。子どもが家の中からいなくなって思ったのは、建設費が安く、維持費も少なくてすむ小さな家で、心軽やかにいろいろと好きなことをやったほうがいいなと」
そう話しながら和田さんは、こだわりのBOSEのスピーカーでジャズをかけてくれました。音が家中に反響して、まるで自分のためだけのコンサートホールのようです! 展望台にのぼると、大きな窓一面に山々の緑が広がりました。夜は満点の星空を見ることができるそうです。
「豊かさってこういうことなんだな、ということを実感しています。この先進的な小さな家では、精神的な豊かさを得られています。
僕も、おそらく建築業界の人も、住宅に対してあえて小さな家をつくるという発想を持っていませんでした。戦後から団地に見られる個室と浴室・トイレのついた2DKの田の字形プランがスタンダードになりましたが、昔は長屋や屋敷など、住まいの形はもっと自由でした。特に、鴨長明や良寛和尚などの偉人が山の中に建てた小さな庵は、タイニーハウスに通じるものがあります。
欧米では、地球温暖化防止や持続可能な社会実現のために、社会に対する自分の意志の表現や行動としてタイニーハウスで暮らす人々が増えていますが、日本人にとっても、思想として受け入れやすい住まい方なんですよね。
新しい暮らしに敏感な人がよく見学に来てくれています。今、求められているのはこういう精神的な豊かさが得られる暮らしだと思いました。
何より、小さな家なら自分の好きな空間を簡単につくることができて、楽しいんですよ。50年後、タイニーハウスが家のスタンダードになったら面白いですよね」
タイニーハウスには“未来の家”の可能性が詰まっている
「タイニーハウスデザインコンテスト」の作品応募数は、1年目50、2年目126、3年目260と年々倍増しています。3年目となる今年の最優秀賞は、なんと女子高校生の作品。次世代の可能性を感じます。コンテスト1年目はタイニーハウスの可能性を探った作品、2年目は実現可能性が高い作品、3年目は住まいという概念を飛び越えた“未来の暮らし”を提案する作品が多かったそうです。
また、村の住民にも変化があったと言います。
「はじめは、『そんなちっぽけな家をつくることに意味があるのか』という声もありました。ですが、タイニーハウスを通じて若い人にも村自体に興味を持ってもらえるようになったことで、『村を良くすることに必要。そうしないと村の未来がない』と言ってくれる人も出てきました」
小菅村に「タイニーハウス・ビレッジ」が生まれる!?
現在はものづくりを楽しめる工房「小菅つくる座」での取り組みに力を入れているとのこと。タイニーハウス建設はいったんお休み?と思いきや、「タイニーハウスを進化させるための『小菅つくる座』なんです」と和田さんは話します。「タイニーハウスはスペースが限られていますから、既存の家具を入れることが難しい。だから、タイニーハウスに合う家具をつくることが必要だと考えました」
ロッキングチェアをひっくり返すと安定性の高い作業用の椅子になる一石二鳥な家具や、バラバラにして移動しやすくした本棚やスツールなどを見せてもらいました。タイニーハウスで暮らす和田さんだからこその発想です。
「ゆくゆくはセルフビルドできるタイニーハウスキットの販売や、森の中にタイニーハウス・ビレッジをつくりたいと思っています。借りられそうな森は、もう目星がついているんですよ」
なんと夢のある話でしょう! 木漏れ日の美しい森で日々を過ごし、近くの温泉で癒やされる。そんな贅沢な暮らしが目に浮かぶようです。
バンで移動しながら暮らす「バンライフ」や、好きな地域で週末を過ごす「二拠点生活(デュアルライフ)」、定住しない暮らし方「アドレス・ホッパー」などが注目を集めています。いろんな場所におじゃまできるこれらの暮らしも魅力ですが、タイニーハウスでは理想の住まいの形にじっくり向き合うことができそうです。
“欲しい家”ではなく、“欲しい暮らし”を考えた先にあるのは、どんな住まいの未来でしょうか。